水底プロトタイプ〜古川早月短編集〜

古川早月

影遣い

 これは、わたしの友達から聞いた話だ。

 彼─佐藤君は小学生の頃、超能力者に会った事があるらしい。

 超能力と言っても、発火能力だとか透視能力だとか、そういった類のものでは無い。もっとわかりづらく、超能力と呼ぶには地味なものであったらしい。

 佐藤君はその能力の事を「異能力」と呼んでいた。他の人には使えない、その人固有の特殊能力―そういった意味合いで使っていたのだろう。

 最も、そういった呼び方をしていたのは佐藤君だけだったようだ。周りの人は「化け物の力」だとか「気持ち悪いやつ」などと好き勝手呼んでいたようである。

 ちなみに、超能力者本人は自分の能力に名前を付けていなかったようだ。単なる「個性」として捉えていたのか、名前を付ける必要性を感じなかったのかどうかは定かではないが、兎に角名前を付けようとはしなかったらしい。

 彼女は変わった女の子だったよ―佐藤君はそう述懐していた。

 周りから拒絶され、いつも一人ぼっちだった、不思議なちからを持った少女。

 確かに「変わり者」なんだろうねとわたしが言うと、佐藤君は苦笑してから、


「でも、ぼくの目には普通の女の子に見えたよ」


 遠い目をしながら、そう言った。


     *     *     *


 その子が転校してきたのは、佐藤君が小学六年生の時だった。

 いつものようにホームルームが始まる直前、先生が皆の方を向いて嬉しそうに言った。


「これからみんなと一緒に学ぶ、新しい仲間を紹介する」


 その言葉に、教室は騒然となった。

 喜びの声や、戸惑いの声が混ざり合い、教室を埋め尽くす。

 無理もない。その発表は突然の事で、その日になるまで何も知らされていなかったのだから。

 盛り上がる教室の熱気を抑えようと先生が声を張り上げ、静かになったのを見ると教室のドアに向かって「入って来てくれ」と言った。

 その言葉が終わるか終わらないかの内に、教室のドアがガラリと開き、小柄な人影が入ってきた。

 黒髪におかっぱ頭の、花車きゃしゃで可愛らしい少女。彼女は黒板の前で立ち止まると、チョークを手に取り自分の名前を書き始めた。背が低いので、背伸びをして出来るだけ高い位置に書こうと努力している。

 名前を書き終わった少女は、ほうっと息をつくとチョークを置き、皆の方を向いて、


鈴木すずきはなです。よろしくお願いします」


 澄んだ声で、そう名乗った。

 教室中から拍手が鳴り響く。少女―鈴木花はぺこりと頭を下げると、先生が指示した席に座った。

 転校生の登場に起因するちいさなざわめきは、ホームルームが終わり、一時間目の授業が始まっても止む事は無かった。そんな周りとは対照的に、鈴木さんは淡々と、何処か冷めているとも取れる態度で授業を受けていた。


     *     *     *


 一時間目が終わると、男女関係なく多くの子が鈴木さんの周りに集まり、彼女を質問攻めにした。


「ねえねえ、鈴木さんってどこから来たの?」

「…○○県の、冬天ふゆぞら小学校から」

「どんな食べ物が好きなの?」

「…うどん」

「スマホ持ってる?」

「…持ってない」


 多くの質問に、淡々と答える鈴木さん。その顔には表情は無く、何を考えているのか読み取る事は難しかった。

 佐藤君も皆の様に質問をしようとしたが、何となく気が引けてやめておいた。鈴木さんの態度に、怖いものを感じたからだった。

 

 …結局鈴木さんは皆に質問攻めにされながら、初日を終えたのだった。


     *     *     *


 鈴木さんが転校してきてから一週間が経過した。

 そして一週間という時間は、クラスメイトが鈴木さんの人となりを把握するのに十分な時間だった。

 彼女はあまりしゃべらず、進んで他人に話しかける事も無かった。誰かと一緒に居るより、一人を好む…所謂一匹狼と言ってもよい性格だった。

 勿論、話しかければ応対はしてくれる。だがそれは最低限度のものに過ぎず、用が済むとそれでおしまい。後はこちらがどれだけ話を振ろうが、じっと黙っていた。初日に質問攻めにされた時が一番しゃべった時かもしれない…そう思うほど、彼女は言葉数が少なかった。

 授業の合間の休み時間や給食後の昼休みに皆が校庭で遊んだり、話をしたりしている時でも彼女は一人で本を読んでいた。読むジャンルは様々で、小説や絵本、何やら難しい本を読んでいる事もあった。

 成績は良いみたいで、彼女が問題を間違えた姿を佐藤君は見た事がなかった。先生の態度からすると、同年代の子よりも突出して頭が良いようだった。

 成績優秀で一人を好み、必要な時以外は喋らない…これがこの一週間で、クラスメイト達が構築したイメージだった。やがてそのイメージは悪い方へと傾いていき、鈴木花という少女は「根暗で何を考えているのか良く分からないヤツ」という、好ましいとは言えないレッテルを貼られてしまった。

 …そのようなレッテルを貼られた人間が、クラスという集団にいると何が起こるのか。好ましくないものを排除しようという集団心理が働き、それを排除しようという動きが、ごく当たり前の様に起こる。

 丁度その時期に起きた事件も相まって、鈴木さんはクラスの異物として認定されてしまった。 

 そして…彼女はいじめを受ける事になったのだ。


     *     *     *


 ある日の昼休み、教室の後ろで何やらゴソゴソやっていた男子が叫んだ。


「オレのロッカーの鍵が無い!」


 その大声に、何人かの生徒が彼の周りに集まり、「どうしたの?」と訊いた。


「ロッカーの鍵が無いんだよ!今日サッカーの練習あるのにユニフォームが取り出せねぇ…」

「りょーちゃんの鍵?」

「僕は見なかったよ?」

「おれもしらねーぞ!」

「あたしもー」


 教室の後ろには個人用のロッカーがあり、クラブで使う物や音楽の授業で使う鍵盤ハーモニカなどがしまってある。鍵は各自で保管している為、鍵が手元にあれば開かないようになっているのだが…。


「りょーちゃん、落としたんじゃないの?」


 佐藤君が言うと、男子生徒―りょーちゃんはポケットをゴソゴソと探り、次いで辺りの床を探し回ってから、


「ない…おい!誰か盗んだんじゃねえだろうな!」


 りょーちゃんが怒鳴ると、皆は床やポケット、自分の机の中を探し始めた。

 そして…。


「あれ?僕の鍵も無い!」

「やべえ!おれのもねえぞ!」

「どういう事⁉」


 なんと、全員分の鍵が無くなっていた事が判明した。

 このままではロッカーの中にあるものが取り出せない。教室中は瞬く間にパニックになった。

 「どうしたの⁉」


 騒ぎを聞きつけたのか、他のクラスの先生が教室に入ってきた。

 皆が事情を説明すると、先生は頷き、


「とりあえず、スペアキーを持ってくるから待っていて」


 そう言って教室を飛び出していった。

 ロッカーの鍵にはスペアがあり、職員室に保管されている。厳重に保管されているため、生徒がいたずらをして持ち出す…なんて事は不可能に近い。

 だが、戻ってきた先生は顔を真っ青にしていた。


「スペアキーも全部消えている…どういう事⁉」


 一人の鍵が消えたならまだしも、教室に居た全員の鍵が消え、おまけにスペアキーも無くなっていた。

 皆が異常事態に戸惑っていると、パタンという乾いた音が聞こえた。我関せずといった様子で本を読んでいた鈴木さんが本を閉じた音だった。

 彼女は何も言わずに立ち上がり、出口の方へと歩き出した。それを先生が慌てて呼び止める。


「ち、ちょっと!どこに行くの?」

「…図書室です。うるさくて本が読めないので」


 鈴木さんは素っ気なく言うと、そのまま教室を出ていく。

 皆が呆気にとられていると、何気なく鈴木さんの机に目をやった女子生徒が声を上げた。


「こ、これって…」


 彼女の視線の先、鈴木さんの机の上に、大量の鍵があった。

 それはまさしく、皆のロッカーの鍵と、そのスペアキ―だった。



「どういう事だよ!」


 りょーちゃんがまた叫ぶ。今度の叫びには怒りの感情が色濃く籠っていた。

 

「アイツがやったのか⁉」


 誰も、その問いに答える事が出来ない。

 だが、言葉には出さずとも皆は同じ結論を下していた。

 ―鈴木花が、皆のロッカーの鍵を盗んだという。この状況から導き出す事が出来る結論を…。


「ちくしょう!待てよドロボウ!」


 りょーちゃんは叫ぶと、先程鈴木さんが出て行ったドアを開け、外に飛び出していった。その後を何人かのクラスメイトが追いかける。

 佐藤君も、皆の後を追いかけて外に出た。


 長い廊下の真ん中で、りょーちゃんが鈴木さんの腕を掴んでいた。

 鈴木さんは振り返り、冷静な声で「なに」と訊いた。


「お前、オレのロッカーの鍵盗んだろ!」

「覚えがない」

「とぼけんなよ!皆のロッカーの鍵も盗んだんだろ!なんでそんな事するんだよ!」

「だから、私には覚えがない。それは冤罪よ」

「エンザイ?良く分かんねぇけど、お前がやったに決まってる!じゃなきゃお前の机から皆のロッカーの鍵が出てくる訳がねぇんだ!」


 りょーちゃんは恐い顔で怒鳴るが、鈴木さんは平然としている。


「…やったのは私じゃない」

「じゃあ誰がやったっていうんだよ!」


 鈴木さんは一瞬だけ黙り込んだ後、その言葉を口にした。


「それは多分、がやった事だわ」

「影がやった…って、え?」


 鈴木さんが当たり前のようにその言葉を口にしたため、りょーちゃんはその言葉が異質なものである事に気づかなかった。

 もう一度自分で口にしてから、鈴木さんが口にした言葉の異質さに気づいたらしい。怒りが抜けて、ポカンとした顔になった。


「お前、何言ってんだ…?」

「……」


 鈴木さんは答えない。が、りょーちゃんの後ろでやり取りを見ていた佐藤君は、鈴木さんが一瞬だけ悲しそうな顔をした事に気付いた。


「放して」


 鈴木さんはりょーちゃんの手を振りほどくと、再び歩き始めた。

 半袖だったため、握られていた部分が真っ赤になっていた事に佐藤君は気付いた。

  

「お、おい!」


 りょーちゃんが呼びかけた時には、階段を降りて姿が見えなくなっていた。

 何となく、白けた雰囲気が辺りに漂った。

 

 その後、鈴木さんは教室に戻って来なかった。

 担任の先生の話では「早退した」との事で、それを聞いたりょーちゃんが「逃げた逃げた」と騒ぎ立てていた。

 結局今回の事件については、鈴木さんに話を聞くという事で担任がその場を収めた。だが、今回の一件で鈴木さんに対する印象は更に悪くなっていった。


     *     *     *


 翌日。

 鈴木さんはいつもの様に登校して、自分の席に座る。そしてランドセルから本を取り出し、その世界に没頭する。

 ―いつもと同じ、朝の行動だ。そういったプログラムを施された機械の様に、鈴木さんはその行動を滞り無く進めていた。

 ただ、今日のそれには普段とは少し違うところがあった。普段は一連の行動の中でクラスメイトが話しかけてくるのだが、今日はそれが無い。それどころか、誰も鈴木さんに興味を示さなかった。

 クラス全体での無視。然し鈴木さんは動じず、淡々と本を読んでいた。


     *     *    *


 次の無視は、その日の体育の時間に起こった。

 先生が、「パス練習するから二人一組のペアを作れー」と指示し、皆がペアを作り始める。

 クラスの生徒数は奇数なので、必然的に一人余る。そういった時には三人のグループを一つだけ作る事で対処し、生徒達も自発的にそれを行うのだが…今日に限っては余った一人―鈴木さんを誰もグループに入れようとはしなかった。


「誰か、鈴木をグループに入れてやれ」


 先生がそう言っても、皆は無視を決め込んでいる。

 その様子をおかしいと思ったのか、先生が怪訝そうな顔で、


「どうしたんだ?なんで誰も鈴木をグループに入れない?」


 そう訊いても、誰も何も言わない。

 皆の態度にムッとしたのか、先生が目付きを険しくして声を張りあげようとした時―


「…ぼくのグループなら、いいよ」


 おずおずとした様子で、佐藤君がそう言った。

 クラスメイト達が一斉に佐藤君を睨む。ペアを組んでいた男子生徒はそれに慌てたのか、小声で佐藤君に耳打ちした。


(…バカ!なんで入れるとか言ったんだよ!)

(だ、だって…可哀想じゃないか)

(可哀想って言ったって、アイツはおれ達の敵なんだぞ!鍵を盗んだ悪いヤツなんだ!)

(それでもいじめは良くないよ…!)


 二人が言い争っていると、先生が「じゃあ、鈴木は佐藤達のペアに混ざるように」と言った。

 鈴木さんは頷き、佐藤君のペアに混ざる。

 彼女が横に座る時、小さく「ありがとう」と言った様な気がしたが、佐藤君がそれに気付いた時には彼女は既に前を向いて、先生の説明を聞いていた。


     *     *     *


 その後も、鈴木さんに対するいじめは続いた。

 給食の時間になると近くの生徒同士で机をくっつけて食べるのだが、鈴木さんの近くの席の人は少しだけ距離を放したり、彼女を会話に参加させないようにしていた。最も、鈴木さんは元々無口な方なのでこの嫌がらせはあまり意味を成さなかったが。

 他にも、鈴木さんだけに掃除を押し付けたり、鈴木さんが持っていた本を隠したりと、無視は嫌がらせに変わりつつあった。

 鈴木さん自身は何も言わず、それを受け入れていたが…誰がどう見ても、いじめを受けている事は明らかだった。


 放課後のホームルームが終わる前、先生が「すまんが、鈴木は少し残ってくれ」と言った。

 全員が鈴木さんの方を向いたが、鈴木さんは頷いただけで何も言わなかった。

 佐藤君は話の内容が少し気になったが、先生に促され、仕方なく教室から出た。

 彼には鈴木さんが事件の犯人だとはどうしても思えなかった。彼女は人と積極的に関わるタイプには見えない。寧ろ一人で居る事を好んでいる様にも見える。そんな彼女が、クラスメイトの鍵を盗むなんて行動に出るとは思えない。

 何か裏があるんじゃないか―そう疑っていた。

 それに、事件が起きてからの皆の態度にも腹が立っていた。

 鈴木さんがやったという確証も無いのに、皆して彼女が悪いと決めつける―それは、良くない事なのではないだろうかと思ったからだ。

 それに―りょーちゃんに迫られた時、彼女が言った言葉も気になる。

 「影がやった」とは、どういうことなのだろうか。

 何となくもやもやした気持ちを覚えながら、佐藤君は帰路についた。


     *     *     *


 翌日。佐藤君はいつものように登校して…異変に気付いた。

 挨拶をしたのに、誰も彼と目を合わせようとしない。まるで透明人間になったかのようだった。

 佐藤君はびっくりしたが、心の何処かでは何となく気付いていた。

 昨日、体育の時間に鈴木さんをグループに入れたから、今度は佐藤君も無視しようという事になったらしい。つまり「アイツに味方するとこうなるぞ」という、見せしめのようなものなのだろう。

 佐藤君は悲しかったが、仕方がない事だとなんとか自分を納得させた。

 それに…どうせこうなるなら、鈴木さんの味方になってやろうと思ったのもまた事実だった。

 佐藤君は鈴木さんの席に近づく。彼女はいつものように本を読んでいたが、佐藤君に気付くと顔を上げた。


「おはよう」


 佐藤君が挨拶すると、鈴木さんは驚いた様な目で佐藤君を見た。

 だがそれも一瞬の事で、直ぐに無表情に戻ると、


「…おはよう」


 小さな声で、そう返してくれた。


     *     *     *


 その後、佐藤君は無視をされる事はあっても、鈴木さんの様に嫌がらせをされる事はなかった。

 だが、彼はまだ小学生。集団の中で排除される事に慣れてはいなかった。

 鈴木さんのように、感情を表に出さずに対処するという事も出来ず、精神的に追い詰められていった。

 朝起きると、学校に行きたくなくなる。それでも何とか気力を振り絞って登校するのだが、学校では相変わらず無視される毎日。自分のメンタルは想像以上に弱いという事を思い知った。

 鈴木さんは、これよりひどい事に耐えているのに、なぜ無表情でいられるのだろう…何度もそう思った。

 しかし、佐藤君は知らなかった。

 鈴木さんは、表面上は何でもないような顔をしているが、その内心はボロボロだった事を…。


     *     *     *


 ある日、委員会の仕事が遅くに終わり、教室に置きっぱなしだったランドセルを取りに行った佐藤君は、窓際で鈴木さんが本を読んでいるのに気付いた。

 夕陽に照らされながら本を読んでいた鈴木さんは佐藤君が来た事に気付くと、本を閉じて彼を見た。


「…待ってた」

「え?」

「あなたにだけは、本当の事を話しておこうと思って」

「本当の事…?」


 鈴木さんは頷き、それからその言葉を口にした。


「私は…いわゆる超能力者なの」

「ちょうのうりょく…って、どういう事?」


 佐藤君の反応は当然のものだ。

 目の前の女の子が「私は超能力者だ」なんて言えば、どうかしていると思うのが普通の反応だろう。

 固まる佐藤君に対し、鈴木さんはいつもの無表情。

 「私の影を見て」と言うと、目を閉じて意識を集中させ始めた。

 佐藤君はぎごちない動きで影を見る。二人分の影が、長く伸びていた。

 そのまま見ていると、鈴木さんの影に変化があった。

 少しずつ、実体を持ち始めているのだ。

 質量を持ち。

 カタチを整え。

 地面に張り付いていた影が、その身を起こす。

 鈴木さんと全く同じ背丈の黒い影が、佐藤君の目の前に現れた。


「これは…」


 その一言を発したきり、佐藤君は絶句した。

 影は好き勝手に歩き回り、椅子に座ってみたり、ロッカーの扉に片腕を突っ込んだりしている。どうやら人間とは違い、壁や扉をすり抜ける事が出来るらしい。


「この能力は、物心ついた時からあったの。私にはこれが当たり前だった」


 鈴木さんは淡々と語った。


「影は私の半身。その気質は私とは真逆で、自由人そのもの…私には、制御できなかった」

「じ、じゃあ…影がやったというのは」

「本当よ。私の意志とは無関係にこの子がやったの」

 

 影が佐藤君に近づき、じろじろと眺める。確かに、普段の鈴木さんからは考えられない行動をとっている。

 

「さっき、超能力と言ったけれど…わかりやすくする為にこう言っただけで、本当は違うと思うわ」


 これは、よ―鈴木さんは吐き捨てる様にして言った。

 それから佐藤君を見て、「でも、良かった」と微かに笑みを浮かべた。


「私をかばってくれた人に、初めて会えたんだもの」

「今までにも、こんな経験を…?」

「そのせいでこんな性格になってしまったけどね。私が内気になるのと比例して、影は力を増していく。そのたびに何らかの事件が起きて、私が犯人扱いされて、転校して…その繰り返しよ」

 

 私だって、好きでこんな事を引き起こしているわけじゃないのよと、鈴木さんは諦めたような表情で言った。

 影が佐藤君から離れ、鈴木さんの周りをぐるぐると回る。それを見ながら、佐藤君は気になっていた事を訊いてみた。


「どうして、それをぼくに…」

「あの時私をグループに入れてくれたあなたなら、信じてくれるかもしれないと思ったから」


それに、私がここに来るのは今日で最後だからね―鈴木さんは寂しそうにそう言った。


「どういう事?」

「先生に呼ばれて事情を聞かれた後、先生が両親に電話をかけて事件の事を言ったの。両親は私の能力の事を知っているから、すぐに事件の真相に気付いたわ。それでようやく諦めがついたみたいよ」

「諦めって…」

「多分、私はされるでしょうね。どこかの科学者あたりに引き渡されて、色々な実験を受けたその挙句に…」


 処分。

 何となく不吉な雰囲気を孕んだ言葉だった。


「そ、それって…」

「…でも、もういいの。何度も機会を与えられてダメだったんだから、こうなる事に異論はないわ」


 鈴木さんは淡々とした口調で言った。


「だ、ダメだよそんな事!だってそれはつまり…殺されるって事じゃないか!」

「仕方がない事なのよ。それに、最後にあなたに打ち明けられた。それで私は十分よ」

「……」


 鈴木さんは荷物を纏め、ランドセルを背負って教室のドアを開ける。

 そして振り向き、呟く様にして言った。


「ありがとう…そして、さようなら」


 鈴木さんは教室を出ていく。

 佐藤君もすぐに教室を飛び出し、彼女を探したが…その姿は、もうどこにもなかった。


     *     *     *


 それから、佐藤君が鈴木さんに会う事は無かった。

 秘密を打ち明けられた翌日にはもう鈴木さんの姿は無く、先生は「親の都合で転校した」としか言わなかった。

 鈴木さんが居なくなった事を機に佐藤君に対する無視は無くなったが、彼は何となく心に穴が開いた様な、空虚な感じを覚えた。

 それから時は過ぎていき、佐藤君は大学生になったが、今でも時々鈴木さんの事を思い出す事があるという。

 小学校の同級生と会っても、彼女の話は出ない。

 退屈で代わり映えしない日々の中に居ると、鈴木さんの存在自体が朧げな、架空のものに思えてくる事もある。

 けれど、彼女は確かに存在していて、佐藤君に「何か」を残していったのだ。

 それは多分、これからもずっと佐藤君の中にあるものなのだろう。

 まるで、いつまでも付いてくる影の様に…。


      【おしまい】


 


 



 

 

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る