追放された引退勇者とメイド魔王のスローライフ
桜井正宗
第1話 勇者追放とメイド魔王
「勇者よ。勇者アトラス・ヴァンガード……お前を追放する」
帝国の皇帝はそう厳しい表情で宣言した。
まてよ……まってくれ。
俺は魔王ヘリオスを倒した勇者だぞ!?
「……陛下、俺は世界を救ったんです。なにがご不満なんですか! こうして生きて帰ってきたのに歓迎もなければ、戻ってこれば冷めた視線を向けられるだけ。なぜです!」
「なぜも何もない。魔王が倒された今、この世界に勇者は不要なのだよ。そう、勇者もまた魔王と同じ存在。いつ我々人間に牙を剥くやも分からん」
「俺が裏切ると!?」
「そうだ。帝国以上の力を持つ貴様を置いてなどおけぬ。どこかで静かに暮らすがよい。であれば、こちらも危害は加えぬ」
皇帝はそれが妥協案だと冷え切った表情で言いきった。
……クソッ、ふざけるなよ。
俺がどれだけ苦労したか分かっているのか!
仲間を何人失ったと思う!?
帰還できたのも、たった一人。俺だけだ。
「せめて仲間の墓を建てたい」
「許可できぬな。勇者、お前もだ。この帝国に骨を埋めることは許さん。さあ、さっさと出ていくがよい」
その言葉に俺は深いショックを受けた。そこまで言うのか……! 仲間を侮辱された気分だ。もういい、俺は帝国から出ていく!
背を向け、城を後にしていく。
なにが勇者だ!
世界を救っても、その先にあったのは賞賛や栄光でもなく『追放』だった。
ああ……そうか、俺は利用されていたんだ。
失望したよ、この帝国には。
故郷でもあるアルテミス帝国を去り、俺は真っ直ぐ草原を歩いていた。
どこへ行こうか。
アテなんてない。
適当に真っ直ぐ歩いていると、大きな木にもたれ掛かっている女の子がいた。
メイド……?
銀髪のメイドは俺に視線を合わせてくる。
……なんだ?
見られている。
随分と可愛い子だな。帝国の娘なのだろうか。
しかし、どこかで見覚えがあるような。
いや、まさかな。
通り過ぎようとすると、メイドの女の子は突然、無詠唱で魔法を放ってきた。
って、これは魔王の炎だ……!
直ぐに剣を抜いて俺は防御した。
業火を真っ二つにすると、炎はそのまま森の方へ。大爆発を引き起こし、更地になった。
……こ、この威力は間違いない。魔王だ!
「魔王ヘリオス、生きていたのか! しかし、その姿はなんだ……以前のような禍々しさがないな……」
「久しぶりですね、勇者アトラス・ヴァンガード」
魔王は静かに俺の名を口にした。
ん……?
こんなおしとやかだったか? 敬語でもなかったと思う。それに、こんな銀髪メイドでもなかった。もっと恐ろしいバケモノだった。
まるで違う見た目に俺は動揺した。
「仕留めたはずだったがな。まあいい、今度こそお前を……」
そうだ。今度こそ終わりにして俺は勇者を引退する。ひとりで生きる。それでいい。……だからッ!
しかし、魔王はまるで覇気がなかった。
こちらに対しストップの要求をしてきた。
「勇者よ、お待ち下さい。話をしましょう」
「なッ……話しだと!? 今更お前と対話なんて……仲間を殺したお前を許せるわけがない」
「一応説明しますと、わたくしは
自分をゴミとかいう魔王に、俺は呆然とした。
コイツ、やっぱり違うな。
殺気もなければ、戦う意思もない。
さっきの攻撃はただの挨拶ってわけだ。
「意味が分からん。俺は確かにお前を復活できないよう、この聖剣・ホライズンズでトドメを刺したはず。復活できるはずがない。蘇生魔法も無効にするんだ」
「冥土の力ですよね。わたくしはメイドですけど」
「――――」
俺は頭を抱えた。
なんだこの魔王は。
ふざけているのか、なんなのか。
意味が分からない。
「わたくしを拾ってくださいまし。アトラス様の力になります」
「……なにを言っているんだ。お前と仲良くできるはずがない」
「自分自身もなぜ、このような形で復活したのか分かりません。でも、もう世界の支配には興味がなくなりました。というか、それは以前の魔王のこと。わたくしは別人です」
別人ですって言われてもね。
さっきの魔王の炎を見せられては、納得できるはずがない。コイツは紛れもなく、世界を恐怖に陥れた魔王なんだ。
何千、何万と人間が犠牲になった。
その事実は変えられないんだ。
「……無理だ」
「でも、アトラス様は帝国を追放されたのですよね」
「んなッ! なんで知っているんだよ!」
「盗聴スキルです。この帝国に到着される前に“使い魔”を派遣しておいたので」
おい、やっぱり魔王なんじゃないかコイツ!
疑わしいこと、この上ない。
そもそも、あの魔王の炎だって全盛期と変わらないじゃないか。
けど、そうだな……。
コイツを放っておくわけにもいかないか。しばらくは連れて歩く方が安全だ。
俺がコイツを放置して、帝国に危害が加わればそれはそれで、俺のせいにされる。今度こそ勇者が魔王になってしまう。
ならば拾っていくしかない。
危険ダンジョンに連れ回して、どこかで捨てるか。
ああ、そうか。
この手があった。
「決めたよ」
「なにをです?」
「俺は勇者を引退する」
「え……」
「勇者を辞めて、俺はお前を連れ回す。高難易度のダンジョンを攻略して、新天地を探す。それが当面の目標だ。どうだ?」
「面白そうですね。わたくしは、勇者……いえ、アトラス様をメイドとしてサポートします」
微笑む魔王――いや、ヘリオス。
まあいい、今のところは危険性を感じない。
万が一があれば聖剣で斬り捨てるだけだ。
今は監視あるのみ。
「ヘリオス、お前が何者なのか……本当に人間に危害を加えないのか様子を見させてもらう」
「分かりました。あなたに信頼してもらえるよう、がんばります」
ぺこりと丁寧に頭を下げるヘリオス。
本物のメイドみたいにされて、俺は妙な気分になった。
今のところは、魔王の尊厳とか片鱗なんてほとんどない。
魔力も以前の半分以下しか感じられない。とはいえ、危険には変わりない。
きっといつか化けの皮をはがしてやるさ。
俺は帝国を去り、元魔王のヘリオスと共にダンジョンを目指す。
難攻不落と名高い城塞ダンジョン『ジェミニ』へ向かう。
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