第1話 贈り物


 気持ちのいい晴れの日老若男女が目的を果たすために歩いていた。


「ありがとうね。」


「うん、それじゃあもう行くよ。元気でね。」


 明るい茶髪の少年は晴れやかな顔で老婆に別れを告げた。


「気持ちのいい日だなぁ」


 踵を返し空を見上げつぶやいた。


 そして老若男女の群れの中の最後尾に混ざった少年は声を殺し泣いていた。


「ゔ、うぅっ、くっ」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(もうどのくらい経っただろうか)


 青ざめた顔色の老若男女の群れは砂浜を沿って歩いていた。


「なぁ、いつまで歩き続けりゃいいんだ?」


 金髪のチャラいお兄さんが誰に言うでもなく語りかけた。


「ここを歩いてたら俺らは生まれ変わるんじゃねえのか!?!?もう1年は過ぎてるだろ!!!」


 皆が同じことを考えていた。

 事切れたあの瞬間から頭の中にあったウマレカワリへの欲求。なぜ?かはもうわからない…本能のようなもので僕たちは足を運び続けなければならない。

 僕たちは死んだ瞬間に刷り込まれてしまった。

 消えてしまいたい。

 その為に海辺を彷徨い歩き。歩き続け。意識が無くなった者は海に還れる。

 だが、この1年歩き続けても疲労どころか腹の減りもなく。このお兄さんは誰もが考えていた疑問を口に出してくれたのだろう。

 頭の中に流れた情報と現状との齟齬が皆を不安へと導いていたのだ。


「ろぉおおお…」


「…?」


 少年は何かが聞こえた気がした。

 その瞬間


「あ、け、ろぉぉぉぉおおおお」


「うおっ」


 少年は足を取られ砂浜に倒れ込んだ。


「あ、け、ろぉぉぉおおおお」


 仕切りに声の主は同じ事を繰り返す。


 人の背丈を軽く超えるの巨大な蟹だった。


「あ、け、ろぉおおおおおおおおおお」


「……っ……」


 少年は声を失って戸惑っている。当然だ。

 自分の常識では起こり得ない事が今まさに起きている。


(蟹が…喋ってる…?あけろって…?開けろ?空けろ?なにを?意味がわからない…)


 次々と疑問符が浮かび思考がまとまらない。


 信じられないほどの力で足を掴まれている。


(振り解けないっ…)


 ミシミシと骨が軋む音を立てながら自分の足が壊れていく様を見ながら不意に


「たす…」


 何を言おうとしたんだろう。助けを求めた?

 消えてなくなりたかった自分が?

 酷い矛盾に気持ち悪さを覚える。


『ヒトタラシを授けます』


「は…?」


 何を言ってるのかわからなかった。

 人たらし?誰が?まさか僕が?

 変な蟹に襲われながらも不名誉な称号を与えられた事に怒りを覚えた。そんな事を考えていたら…


「与一…?」


 全て思い出した。

 僕は電車に乗っていた。


「名前…っ…なん…で…忘れ…」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「…はっ…」


 気がつくとそこは見覚えのある電車の車両だった。


「…ん、起きた?」


 寝ぼけ眼で辺りを見渡すと、よく知る顔があった。


「徹夜でも…した?」


 他愛もない会話を振ってくるのは小さい頃から知ってる雪のような白髪を肩で揃えてる幼馴染の氷彩ひいろだ。


「…いや。なんかすごい長い夢見てた気がする。」

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