第2話
自分の人生をここまで恨むとは思わなかった。
学生の頃の友人たちとバカやって騒いだ日々が楽しくて仕方がなかったことを、今でも新鮮に覚えている。当時は大人になってもこの関係は変わらないと自負していたし、砂の城のように簡単に崩れることなんてないと確信していた。
人生を終えるのはまだ先の話だと、勘違いしたあの頃の俺たちは皆、共犯だったはずだ。
人はいつか死ぬ――誰もが決められた終着点に、どうして俺だけがこんなにも早く、残酷な現実を叩きつけられなければならないのか。不公平だと叫んだところで、こんな俺のために誰かが耳を傾けることはない。
目の前で医師が淡々と説明を続けても内容は一切頭に入ってこなかった。単調で事務的に話す男はまるでロボットそのもので、重要な話にも関わらず心には何も響かない。
いや、そもそも心なんてものが存在しているのか。
誰かの言葉や行動に感銘を受けるのなら、心ではなく感情が揺さぶられた、というべきだ。心なんて未確定なものを提言する必要はない。
医師の説明が終わると、俺は黙って席を立って部屋を出た。
ふらついた足取りながら顔を上げると、近くで世間話をして盛り上がっていた高齢の主婦たちが、俺の姿を見てすぐさっと顔を背ける。横切る際に聞こえてきたのは、俺の服装がだらしないだの、見た目が不潔だの、外見だけで判断した陰口だ。
時間の無駄だが「いやぁ、まったくその通りですよねぇ!」と声をかけてやるべきだったか。
そうしたら少しは黙るだろうし、何より奴らの歪んだ顔を拝めることができたかもしれない。そんなものに価値がないことだって、ポンコツな俺でもよくわかる。
ああ、見返してやりたい。
それこそ俺を見下し、嗤う奴ら全員を恐怖で怯えた顔にさせたい。
ひとりでもいい、記憶に俺の存在が根深く残るよう、刻み込んでやりたい。
誰にも忘れられない存在に、俺はなりたい。
「……そうだ、そうしよう」
こんなくだらないことしか考えない俺でも、有終の美を飾ったっていいじゃないか。
***
【児童誘拐監禁事件】
二〇××年十二月某日、○○市に住む小学一年生の児童ら二名が、何者かによって誘拐される事件があった。
児童のうち一人は自力で脱走して山を下り、近くの民家に駆け込み、助けを求めたことで警察に通報が入った。地元の警察が児童の話から、監禁場所とされる山小屋に向かうと、物置になっている小屋でぐったりと倒れているもう一人の児童を発見。病院に運ばれた。命に別状はないという。
山小屋には人がいた形跡があり、捜査員が総出で周辺を捜索したが、犯人らしき人物の発見には至らなかった。
しかし、事件発覚の数日前、児童らの自宅に非通知の電話があり「子どもを返してほしければ、金を用意しろ」などという脅迫電話があったことが発覚。警察が事件として捜査を続け、発信元と契約していたスマホの所有者から、山小屋の所有者で近くに住む無職・
取り調べに対し、相模容疑者は「俺一人でやった。復讐のためだった」と供述。しかし、誘拐した児童らとの関わりについては黙秘している。
(二〇××年十二月×日刊 ○○新聞より抜粋)
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