狐耳少女の嫁入り ケモミミ少女に熱烈アプローチされるが、俺は鉄の意志で耐える(耐えられない)

笠原久

第1話『ひろってください』と主張するケモミミ少女

 家の前に狐耳の少女が捨てられていたら、どうする?


 ダンボール箱に入って、『ひろってください』とファンシーな字で書いたスケッチブックをかかげていた。ちょっと恥ずかしそうな顔で、上目遣いに俺を見つめてくる。


 少女の手が動いた。スケッチブックがめくられる。


『お料理上手!』

『家事全般できます!』

『かわいい!』

『もふもふ!』

『スタイル抜群!』

『おっぱい大きい!』

『お尻も大きい!』

『乳・尻・太もも!』

『抱き心地も最高!』


 少女は心なしか得意げな様子だった。ふふん! と鼻を鳴らしている。


 俺はダンボール箱の前を通り過ぎて、ドアの鍵を開けた。


「なんで無視するんじゃー!?」


「後半の売り文句なんだよ!? ほかにアピールポイントあっただろ!? 俺が体にしか興味ないみたいじゃん!」


 狐耳の少女は俺にひっついてくる。本人が言うだけあって、実際に抱きつかれるとすさまじい心地よさだった。というか小柄なので、ふさふさの狐耳が俺の顎にちょいちょい当たってる!


〔あかん理性やられる!〕


「ええい離れろー!」


 必死に引き離そうとするが、腕に力が入らねぇ! 俺の心が全力で引き離すの拒否してやがる!


「だ、だって母さまがー、『男には色仕掛けが効く』って言ってたからー!」


「自分の娘になんてこと教えてんだよ! つーかコレ色仕掛けじゃなくね?」


〔いや、今まさに俺の理性がやられそうだから色仕掛けか?〕


 なんかいい匂いするし、これ以上は本当に色々とまずい気がする!


「なんでダメなんじゃ! こんなにかわいい猫耳少女が来てくれたんじゃぞ!? 男の夢じゃろうが!」


「猫耳……?」


 俺は思わず顔をしかめてしまった。自然と少女の体を引き離して観察する。


 小さな体に、大きな胸とお尻、それに太ももの素晴らしいまでの……いやいや、そこどうでもいいだろ! いやどうでもよくないけど!


〔落ち着け俺! まどわされるな! 集中集中!〕


 俺は小さく息をついた。よし。


 背丈は小柄だ。一七〇センチの俺よりたっぷり頭一つ分は小さい。なにせ少女の頭は俺の顎にも届かないんだから。代わりに特徴的なケモミミが思いっきり顎に当たるんだけど……。身長はだいたい一四五センチってところか?


 えらく露出の激しい巫女服を着て――巫女服? 巫女服かこれ?


〔なんか色々丸見えなんだけど……〕


 普通、巫女服って手足も全部布で覆われてるものじゃないか? こいつの服、超ミニスカで太ももがくっきり見えてる。腕どころか肩まで丸出し。


〔つーかこのスカート膝上何センチだよ!? お尻っていうか――もうちょっとがんばったら下着見えそうなんですけど!?〕


 当然のようにめちゃくちゃデカい胸もよく見え――いやいや、だからそこどうでもいいだろ! いやよくないけど!


 俺は首を激しく横に振った。邪念よ去れ!


 少女の真っ白な髪は長く、腰まであった。頭頂部のケモミミはふさふさとしていて、しっぽも……。


「いや、やっぱどう見ても狐じゃん。白狐だろ?」


 言った途端、少女はびくんと体を硬直させて脂汗を流しはじめた。


「な、なんの話じゃ? わ、わしは見てのとおり、かわいいかわいい猫ちゃんじゃが?」


「めっちゃ声上ずってるじゃん」


 猫耳少女(自称)は目を泳がせて、動揺をあらわにしている。


「ち、違うのじゃ! わしは狐ではない! エキノコックスなど持っておらんのじゃ!」


「口に出すとめちゃくちゃ怪しいんだけど……」


〔つーか妖狐も感染するのか?〕


 そんな話聞いたことないし、そもそも病気とかそうそうしないだろう。妖狐は文字どおり妖怪なんだから。当然、普通の人間よりもはるかに頑丈にできている。


「む? しかし父さまは病気で亡くなっておるし――」


「いきなりヘビーな事情が……いや、別にエキノコックス原因じゃないんだろ?」


「それはそうじゃが……」


「だったらそんなこと気にしなくてもいいだろうに」


 むぅ……と少女は、すねたように頬をふくらませる。


「しかしじゃな、浮世的には狐耳少女より猫耳少女のほうが受けがいいと――」


「そうか? まぁ確かに猫耳と狐耳でどっちがメジャーっぽいかっていわれたら……まぁ、猫のほうが人気っぽいか? って気がするけどさ」


「ほら! やっぱりそうじゃ! 男はみんな猫耳が好きなのじゃ!」


「偏見が激しすぎる! 狐耳好きの存在を全否定じゃねぇか!」


「じゃあなんじゃ! 旦那さまは狐耳派なのかのう?」


 少女はぶんぶんと腕を振って訴える。


「いや俺はどっちも好きだし、正直かわいかったら狐でも猫でもウサギでもいいよ」


「わしはかわいいからありなのかの?」


「うん」


〔って何を普通にうなずいてるんだ、俺はぁ!〕


 ヤバいぞ、完全に色仕掛けに脳みそやられてるじゃねぇか!


「おおー! やったのじゃ! がんばった甲斐があったのじゃー!」


 少女は大はしゃぎでぴょんぴょん飛び跳ねている。表情は満面の笑みだ。ああ、かわいいなぁ。そして、ひらひらと超ミニスカが動いて下着が――胸もばるんばるん……!


〔って落ち着け俺! 冷静に! 冷静になれ!〕


「つーか、何しに来たんだよ?」


 俺は顔をそらしながら――でもチラチラ見るのをやめられない! くそぉ!――訊いた。


「ん? もちろん旦那さまと結婚するためじゃ!」


 えっへん! と少女は胸を張る。


「やはり誘惑するなら自分の魅力を全面に押し出していけ、と母さまの言いつけじゃ! 実際、この恰好はだいぶ効いたようじゃからのう! がんばって作った甲斐があったのじゃ!」


「手作りかよそれ! つーかどんな母親だ!? 自分の娘になんてこと教えてんだ!」


〔まったく母親ってのはどいつもこいつもイカれたやつしかしないのか!?〕


 少女は豊満な胸を強調するように腕組みをした。ふふん、と自慢げに乳房を揺らしてみせる。俺の内心の絶望をあざ笑うかのようだ。


 す、すげぇ……。胸ってあんなふうに揺れるんだ!


「効果は抜群なのじゃ!」


「き、効いてねーし別に! ってか普通に来いよ! なんでダンボール箱でスタンバってたんだよ!?」


「拾ってもらったほうが特別感が出そうじゃろ? 普通に家を訪ねて『不束者ですが、よろしくお願いします』じゃ、インパクトに欠けるしの」


「初対面の女にそんなこと言われたらめっちゃビビるわ! いや初対面じゃねぇけどさ! でもほぼ初対面みたいなもんだろ俺たち!?」


 え……と少女は固まった。


「ど、どうした?」


 と一歩近づいた途端、少女は真っ赤に頬を染める。しかも自分自身の反応が予想外だったらしく、彼女は赤く染まった頬を隠すように両手に当てるのだった。


「え、あ? お、覚えて……?」


「いや、そりゃ、だって――あのときの白狐だろ? そりゃめちゃくちゃ珍しいし、印象に残ってるから……」


 予想外の反応で、俺もどぎまぎしていた。つーかどうするのが正解なんですか、これ。誰か恋愛経験値ゼロの男子高校生に教えてくれ。


〔え? もしかして地雷だった? 俺たち昔会ったことあるよね、とか言っちゃダメだったのか!?〕


「っていうか、そもそもそのしゃべり口調なに? ちょっとしか話さなかったけど、確か昔は普通にしゃべってたような……」


 そう、少なくとも俺の記憶しているかぎり、この白狐の少女は「わし」とか「のじゃ」とか言ってなかったはず……そのせいで一瞬、え? 別人? とか思ってしまったのだが、やっぱあのときの子だろ?


〔白狐の知り合いなんてほかにいないし……そもそもこの子と母親以外に白狐って現存してるのか?〕


 まぁ妖怪については秘匿情報も多いし、隠れ住んでるのも多いから、たぶん探せばどっかに白狐の里みたいなのもありそうだが……。


「ちょ、そ、それ指摘しないでほしいのじゃ……」


 恥ずかしそうに少女は俺を見る。しっぽがぶんぶんと興奮を表すように振り回されていた。


「え、いや、ごめん……でも気になったから」


 なんか理由あるんか? と思った瞬間、ふと気づく。


〔そういや俺、自分の好きな漫画とかゲームとかについて語ってたな〕


 確か、そうだ。俺が好きだった――いや今でも好きだが、漫画のヒロインが「のじゃ」口調で、一人称も「わし」だったな……。


「え? もしかして俺の好みに合わせたの?」


 少女は沸騰しそうなほどに顔を赤くして、後ろを向き、ぷるぷると震えていた。さっきまで揺れていたしっぽが垂れ下がっている……え? どういう感情なのそれ?


 少女はやがて俺のほうを向いて、真っ赤な顔をさらしたまま腰に手をやり、


「そ、そうじゃ! 大好きな旦那さまに喜んでもらおうとがんばったんじゃ!」


 と威風堂々、言ってのけたのである。


「一目惚れした男の好みに合わせるのの何が悪いんじゃ!? 別に普通じゃろ!? 色仕掛けで落とそうとするのと同じことじゃ! 相手の好みに合わせてるだけじゃ! そう! 普通じゃ! わしはごく普通のことをしているだけじゃ!」


 半ばキレ気味だった。


「い、いや別に責めているわけでは……」


 俺は玄関ドアを開けた。


「と、とりあえず入ろうぜ? 積もる話もあるだろうし、ご近所迷惑だから……」


「人払いの結界張ってあるから誰も来んじゃろ!?」


「そこまで強力なやつじゃないし! ちょっと霊感あるやつなら騒ぎを聞きつけてくるから……!」


 俺はなんとか少女をなだめようと努力した。


「そ、そうだ! お互いあらためてちゃんと自己紹介しようぜ! 覚えてそうだけど俺は鏑木修一かぶらきしゅういち! 退魔師だけど、今は高校生もやってる! 君は?」


白峯しらみねましろなのじゃ! 旦那さまと結婚するために来たのじゃ!」


「あ、言い忘れたけど俺、誰とも結婚するつもりないからさ」


 しれっと右手を前に出して言ったところ、ましろは怒髪天を衝く勢いで怒声を張り上げた。


「なんでじゃぁー!」


 ましろは地団駄を踏んだ。激しく音が鳴り、玄関ポーチのタイルが砕けて、めっちゃ大地が揺れ動く。


「緊急地震速報が鳴りそうだからやめてくれ!」


〔怒りの火に油をそそいでしまった……〕


 いったい、どうしてこんなことになってしまったんだ……。お前が余計なこと言うからだろって? そうですね。



――――――――――――――――

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