星に願いを
ねぎま
第1話 平常な日常に……
「今日も暑いな」
自宅の玄関ドアを押して、外に出ると真夏の日差しが降り注ぐ。
いつもの平日の朝。明日は七夕だから、七月六日だ。
朝から気温が上昇してすでに三十度近くに上がっているのは間違いなさそうだ。
長期ローンで買った念願のマイホーム。振り返ると玄関の表札には私の
高校を卒業後、一旦東京の大学に進学したが、卒業後はUターン就職で地元の自動車部品メーカーに就職。来年四十歳を迎える私は現在、会社で品筆管理課課長代理を務めている。
末の娘が一昨年生まれてから、一時的に看護師の仕事を休職している妻と、三人の娘に恵まれて、世間が羨むような幸せな日常を送っていていた。
私は一度自宅を振り返った後、自宅から三キロほど離れている勤務先の『N自動車計器』へ歩いて向かった。以前は自動車通勤をしていたが、五年ほど前からは健康のために徒歩で四十分ほどかけて歩くのが日課となっていた。
途中、名も知らぬお婆さんに「今日も暑いですね」と、馴れ馴れしい態度で話しかけられるが、愛想笑いを浮かべて受け流す。
更に、少し先に行くと、小型犬を散歩させている老夫婦が近づいてくる。何故か決まって夫婦の連れている犬に吠えられる。この朝も案の定「ワン! ワン! ワン!」と私を見つけると牙をむき出して吠えてきた。老夫婦はいつものように、申し訳無さそうに私に頭を下げる。私は苦笑いを浮かべて気にしませんからと、声に出さずに彼らにこちらの意を伝えた。
しばらく歩くと、遠くで救急車のサイレンが聞こえてきた。交通事故でもあったのだろうか?
そうこうしてる間に勤務先の『N自動車計器』が近づいてきた。この先の交差点を左に曲がったところが目的地の会社だ。その手前にある自販機で缶コーヒーを買って、火照った身体をクールダウンするのがいつもの私にとってのルーティンだ。
交通系の電子マネーカードで、いつも飲み慣れた銘柄を選択してボタンを押すだけだ。しかし、その日に限って『お試し価格百円ポッキリ』のシールに目が止まった。初めて飲む缶コーヒーだが、試しに一度味を確かめてみることにした。
一気に缶コーヒーを飲み干して、やはり飲みなれたコーヒーにしておくべきだったと後悔しながら、空き缶をゴミ入れに投げ込む。
後はすぐ前の交差点を曲がれば会社のはず……なんだが、突然足元がふらつき、軽い目眩におそわれた。
気がついたら私は自宅のベッドの上だった。
妻は末娘と一緒に別の部屋で寝ているので、大きなダブルベッドを独り占めさせてもらっている。
寝不足はいつものことだが、起きるのが億劫で、上の娘の一夏が起こしに来てようやくベッドを抜け出した。
洗面所で顔を洗って、髪を整え、髭を剃って男前が一丁出来上がり。
ダイニングの食卓には、すでに私以外の四人がそろっており、朝食を摂っている。長女の一夏、次女の虹花、妻の由美子。三女の沙耶香は赤ちゃん用の椅子に座って、妻の差し出すスプーンに盛られた流動食に可愛らしい口をつけているところだ。
普段どおりの家族そろっての朝食だが、私には何処かに忘れ物をしたような、やり残したことがあるような、もやもやして釈然としない気分だ。その正体を探ろうとすると何かが邪魔をして、思考が停止する感覚におそわれる。
私は、そんな普段と変わらぬ幸せな日常に、居心地の悪さを感じるようになってきた。
最初は獏とした些細な心の“揺らぎ”のようなものだったろうか?
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