化物侍女の業務報告書〜猫になれるのは“普通”ですよね?〜

家具屋ふふみに

第一章 化物侍女は仕事をする

Prologue【 Ⅰ 】

 日が落ち月の光も雲に遮られ、街灯だけが濡れた道を薄く照らす夜。通りには雫が跳ねる音だけが響き、人の姿は“彼女”以外見えない。


「…あら?」


 傘をさした“彼女”がふと道のそばに何かを見つけ、声を漏らす。

 急いで駆け寄ってみれば、それは小さな少女だった。


「大変っ! 大丈夫!?」


 咄嗟に膝を着いてしゃがみこみ、手を伸ばす。頭を抱えて顔にべっとりとへばりついた湿った髪を除ければ、青白い顔が姿を現した。

 辛うじて呼吸はしているようだが身体は氷のように冷たく、震えるだけの気力すらもう見えない。

 これだけの酷い状態を見れば、よく話に聞く騙してスリを行う輩には到底思えなかった。

 傘を畳んで両手で横抱きにすれば、濡れた身体、身長から考慮しても軽すぎる重さが“彼女”の腕に伝わる。


 この時間からでは医者もやっていない。とにかく身体を温めなければ。


 そう思い、畳んだ傘を小脇に抱えて、薄暗い道をひた走った。




 目的地に着けば急ぎ自らに割り当てられた部屋へと運び込み、すぐにタオルを取り出して少女の身体を拭いていく。

 ぐっしょりと水分を含んで重くなった服を脱がし、身体に怪我がないかをざっと確認していく。

 ──その時、“彼女”の目にある物が飛び込んだ。


「……これ」


 彼女の背中に刻まれた・・・・ソレに視線が釘付けになり、身体を拭く手が思わず止まる。


「…なら、貴方の名前は───ね」


 名を持たないであろう彼女に贈る、彼女が彼女である証。


 隅々まで水気を拭き取り、自らの寝衣を着せる。ブカブカになってしまうが、子供用の服などここには無いので仕方がない。

 身体を温めるためにベッドへと寝かせれば、連れてきた時よりも少し顔に赤みが戻ってきている事に気付き、少し安堵する。


「ちゃんと、私が責任を取るわ」


 まだ起きない彼女の少し湿った髪を優しく撫で、“彼女”は部屋を後にする。

 責任を取る。その為に。












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