5. 化物侍女は解く
昼食後、ヨルは言われた通りにキャロルの部屋へと訪れていた。
「ごめんなさいね、また呼び止めたりして」
「いえ。それより何の御用でしょうか」
ひとまず座ってと言われ、ヨルは部屋のソファに腰掛けた。侍女長として働くキャロルの部屋はヨルの部屋よりも幾分か広く、数人が寛げるだけのスペースが用意されている。
「それで用件なのだけれど、まずこれが魔法植物の配置を纏めた紙ね」
何ヶ所かに赤い点が付けられた、屋敷を上から見た図面がヨルに手渡された。
「一応言わなくても分かるだろうけれど、機密書類だから憶えたら燃やしてね」
「問題ありません、もう憶えました」
そう言って図面をキャロルへと返す。キャロルは少し呆れた表情を見せたが、直ぐに紙を部屋の蝋燭で炙って燃やした。
「相変わらずね。じゃあ次はこっち」
キャロルが普段仕事をする机から何枚かの紙を取り出し、ヨルへと手渡す。軽くパラパラと中身を眺めるが、内容の意図が分からずヨルは首を傾げた。
「これは?」
「所謂試験問題ね。貴方が今どれだけの知識を持っているのか確認する為のものよ。時間は指定しないから、ひとまずここで解いて欲しいの」
「かしこまりました…?」
紙と共に手渡されたペンを持ち、ヨルは試験問題に向き直る。書かれている内容は、国の名前や歴史、地理、数学、魔術学などと多岐にわたり、ヨルはいきなりこの様な問題を解かされることに少し疑問を覚えた。が、命令は絶対だ。ひとまず自分が憶えている内容を書き記していこうとペンを握り直した。
その様子を後目にキャロルも自身の机に座る。呑気に待つことが出来るほど仕事は少なくないのだ。
「……出来ました」
「え、もう?」
キャロルは思わず壁にかけられた時計を見るが、10分も経っていない。ゆうに1時間は掛かると見積もっていた為に、その驚きは
「…一つ、お聞きしたいのですが」
「何?」
「……この成績が、今後の私の業務内容に影響するのでしょうか」
「あぁ、心配せずとも大丈夫よ。確認って言ったでしょう? 良くても悪くても関係ないわ」
「そうでしたか、安心しました。一つも出来なかったので」
「……え?」
キャロルが思わず目をぱちくりとさせ、ヨルの言葉を脳内で反芻する。その反応を見て、ヨルは何か間違った事を言っただろうかと疑問に思った。
「一つ、も?」
「はい」
「……今、私達がいる国の名前は?」
「分かりません」
淀みないその返答に、キャロルは思わず頭を抱えた。点数を期待していた訳では無い。だが、それでも半分は出来るだろうと思っていた。
「…待って。貴方、買い出しを担当した事あるわよね!? 数学は?!」
「基本買うものを店主の方にお尋ねすれば持ってきて下さいましたので、自分で計算する必要がありませんでした」
キャロルは、言葉が出なかった。文字の読み書きは自分が教えていたので、後はヨル自身が業務の中で少なからず勉強してくれているものだと思っていたのだ。
「あの、何か問題が…?」
「……いえ。私が貴方に言っておけば良かったわ」
こんなことになると分かっていれば、勉強するように言っておけばよかったと、キャロルは自身を責めた。
「時間を取らせてしまってごめんなさいね。業務に戻って大丈夫よ」
「かしこまりました。失礼致します」
一礼し、部屋を離れる。しかし、ヨルは未だ先程までの事が頭に引っかかっていた。
「…遠回しな、勉強の強要でしょうか」
そう思ったが、明確に提示して貰わなければヨルも動けない。それにそもそも、そんな
◆ ◆ ◆
「想像以上だったわ…」
ヨルが去った扉を見て、思わずため息が零れる。ヨルに返却してもらった試験問題は、全て空欄。辛うじて書いてある事といえば、ヨル・カーティスという彼女の名前のみ。
想像していなかったと言えば嘘になる。彼女はそうなるように“なっている”のだから。
しかし、しかしだ。この屋敷の業務には知識無くして出来ないものも多い。それ故自然と憶えるものだとばかり思っていた。……結果はこの白紙の答案な訳だが。
「どうしよう…」
柄にもなく弱音を口にしてしまう。自らの主より言い渡された指令は、叶えなくてはならない。しかし、このままではまず不可能だ。物覚えの良い彼女ならば短期間で為せるかもしれないが、それもまた希望的観測だ。
……それに、私は彼女に無理をさせたくは無い。
キャロルが言えばしてしまうからこそ、キャロルだけは
「まずは旦那様に報告をしてから、考えましょ」
そう思い、答案を片手に扉を開く。
向かうべき執務室は屋敷の最上階に位置しており、その階層に行くことが出来る人物も限られている。キャロルはその内の一人だ。
階段を上り目的の部屋の前まで歩みを進めれば、自然と背筋が伸びる。扉をノックし、要件を伝えれば入室を許可する声が響いた。
「失礼致します…旦那様、奥様」
扉を開ければ、一人だけと予想していたその部屋にもう一人の存在を視認した。
メアリー・ミルド・カーナモン。キャロルの主、ロイ・ミルド・カーナモン辺境伯の奥様だ。
「キャル、それでどうだった? ヨルちゃんは行ってくれそう?」
キャロルの事を愛称で呼ぶメアリーは、キラキラと瞳を輝かせ、ワクワクとした様子でそう尋ねる。
「それが……少々
あくまで責任は自分にある。それをまずはしっかりと伝えた上で、キャロルは口を開いた。
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