4. 化物侍女はお世話する
早朝業務を終え、次に取り掛かるのは仕える主の身支度だ。ワゴンに水差しとグラス、顔を洗うための桶やタオルなどを載せ、ヨルは自らが担当する部屋の扉を叩いた。
「ティアラ様。失礼致します」
白い可愛らしい扉を開ければ、未だベッドの上で心地良さげに眠る少女の姿が目に入った。
ワゴンを中へ入れ部屋のカーテンを開けると、ヨルはその少女を起こしにかかる。
「朝ですよ。お目覚め下さい」
「うぅん…あ、れ…ヨル…?」
「はい、ヨルです」
迷いなくそう告げると、先程まで寝ぼけていた顔が一気に覚醒する。
「ヨルだっ!」
ガバッと勢い良く飛び起きると、ティアラはベッドに身を乗り出していたヨルへと抱き着いた。いきなりの事でそのままベッドに倒れ込んでしまう。
「えっ、ティアラ様!?」
「えへへ…おかえり、ヨル」
「た、ただいま戻りました…?」
ひとまず返事をするが、ヨルは未だ困惑したままだ。確かに暫く屋敷を空けてはいたものの、この様な反応をされるとは予想していなかった。
「ティアラ様、そろそろ身支度をなさいませんと…」
「ぁうん、ごめんねいきなり…。おはようヨル、今日もよろしくね」
「はい」
体勢を戻し、朝の身支度を進めていく。ティアラが顔を洗い、水を口に含み流すその間にヨルは今日の着替えを用意する。
「本日は朝食後、淑女教育と馬術の稽古がございます」
鏡台に座ったティアラの艶やかな金糸を梳きながら、今日の予定を口にする。すると、少しティアラが不服そうに頬を膨らませた。
「やりたくない…」
「ティアラ様、そのような我儘は通りませんよ」
「だって淑女教育って言っても、私に必要になるとは思えないんだもの。あ、でも馬術は好きよ? だって格好良いもの」
「私からすれば、淑女教育も十分に格好良いものですよ」
少々危険な地を治める辺境伯の娘ということもあり、ティアラは淑女らしいものよりも、剣術や馬術といった戦いに通ずるものを好んでいた。しかし、貴族の娘として淑女教育は外す事が出来ないものだ。
「ホント…?」
「はい。それにティアラ様が努力なさっている姿は、どれも輝いておりますよ。私はそんなティアラ様が好きです」
「……じゃあ、頑張る」
そう素直に受け取るその姿もヨルは好ましいと思いつつ、口にはしなかった。
ティアラとヨルは年齢が近しい為に使用人の中でも距離感が近く親しげだ。だからこそ、こうしてティアラの説得も一任されていたりするが、ティアラが知る由は無かった。
「はい。終わりましたよ。本日もお綺麗です」
「ありがとうヨル。それと改めておかえりなさい。貴方が帰って来てくれて嬉しいわ」
「私の居場所は既に此処と決めておりますので」
「ふふっ。そう言ってくれると尚の事嬉しいわ。さっ、行きましょ!」
はい、と一言返し、朝食へ向かうため扉を開く。基本的にヨルの日中の仕事はティアラの専属侍女だ。故に常にティアラの後ろに付く。
「あ、そうだわ。ヨル、お父様から何か聞いてる?」
「旦那様からですか?」
ティアラからの問いにヨルは小首を傾げる。帰って来てから未だ会ってはいないので、聞くとなると此処を発つ前になるが、それらしいものは思い当たらない。
「いえ特には。何か重要な事でしたか?」
「ううんっ。
どことなく嬉しそうにするティアラに、ヨルは更に首を傾げた。まだ、ということはこれから聞くことになるのだろうかとヨルは考える。
「後で返事を私にも教えてね」
「? かしこまりました」
返事ということは、何か仕事を言い渡されるのだろうか。要領を得ない会話に、ヨルは混乱するばかりだった。
…
……
………
「ヨル。交代の時間よ」
「はい、後はよろしくお願いしますレミューさん。ではティアラ様、失礼致します」
昼食後、部屋で本を読んでいたティアラに付き添っていたヨルは、もう一人の専属侍女であるレミューに業務を引き継いだ。基本的に食事の時間が交代の目安となっている。
「ええ。また後でね」
にこやかに手を振るティアラへ一礼し、ヨルは扉を閉めた。この後はヨルも昼食を済ませ、別の業務に取り掛かることになっている。
ひとまずは昼食にと思ったところで、その道中キャロルがヨルを呼び止めた。
「ヨル、これから昼食?」
「はい。何か御用でしたか?」
「ええちょっと話があったのよ。昼食後でいいから私の部屋まで来てくれる?」
「かしこまりました」
もしかすると今朝ティアラから聞いた『返事』に関することかと思いながら、ヨルは食堂へと向かった。
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