第六十九話 フライリヒート公爵家

 帝国歴三四〇年七月。

 帝国首都レクタに戦略機動艦隊の司令官達が招集された。


 集められたのは全一八個の艦隊の内、前線で哨戒・防衛任務に就いている四個艦隊と後任がまだ決まっていない第三、第六艦隊の司令官を除いた十二人だ。

 その内、第一艦隊の司令官はザウアー戦略機動艦隊司令長官が兼任している。


 第四艦隊司令はそのまま私。第七艦隊の司令はツェトデーエフ方面艦隊の司令になったティーネがそのまま兼任中。


 そして中将に昇進したカシーク提督とジウナー提督はそれぞれ第五艦隊と第九艦隊の司令官に任命され、ツェトデーエフ方面艦隊に組み込まれている。


 召集の理由は作戦会議のため、と言う事だったが、まだ会議自体は開かれていなかった。

 私はマールバッハの貴族屋敷で会議が開かれるのを待っていた。

 第四艦隊はまだ立て直しの最中なので、同行しているのはエアハルトだけだ。


 シュトランツ少将とマイヤーハイム准将はちゃんとクライスト提督とエウフェミア先生の能力を認めてくれたようで、私がいなくても艦隊の運営に支障は無さそうだった。


「三長官……と言うよりはフロイント元帥とザウアー元帥の間はかなりこじれているようですね」


 戦略機動艦隊司令部から戻ったエアハルトが報告してくる。


「ザウアー元帥が三星系への出兵に反対しているのかしら?」


「はい。正確には出兵自体に反対しておられる訳ではなく、艦隊の準備が整っておらず、時期が悪いと」


「第三、第六艦隊はまだ再建の目途も立ってないし、他に三つも司令官が交代したばかりの艦隊があるものね」


 多分ザウアー元帥には政治的な配慮とかは全く無く、本当にそれだけを理由に反対しているのだろう。


「ただ出兵派の方にはフロイント元帥だけでなくパッツドルフ副司令長官も加わっているようで、ザウアー元帥はかなり押され気味です」


 現在の戦略機動艦隊副司令長官はマインラート・フォン・パッツドルフ上級大将で、帝位継承権持ちは不在ながらも帝国内で大きな影響力を名門侯爵家の当主だった。

 戦略機動艦隊副司令長官は慣例的に貴族艦隊出身者から任命される名誉職の色合いが強い職種だが、軍内の政治的駆け引きにおいてその発言力は大きな意味を持つ。


 ザウアー元帥は数々の戦いで積み上げた実績と、帝国高級軍人の中でも一頭地を抜く高潔さから軍内で圧倒的な人望を誇っているけど、その分、政治的な影響力は低い。

 何しろ軍内で派閥を作る事自体唾棄すべき事と思っているような生粋の軍人なのだ。


 ザウアー元帥が渋っているにも関わらず、戦略機動艦隊の提督達が集められたのも、パッツドルフ上級大将の意向があったからだろう。


「フロイント元帥と門閥貴族が手を組んでザウアー元帥に圧力を掛けてる訳ね。ホリガー元帥と後、陛下のご意向は?」


「軍務省は今回は中立を保っています。陛下のご意向は、何とも」


 まああの人はいつも通りのよきに計らえムーブか。

 この分だとこのまま私が何もしなければ三星系への大規模な出兵は確実かな。


 ザウアー元帥は政治音痴と言うよりは徹底して軍人が政治に関わる事を嫌っている人だから、ここで私が公爵家の威光で介入して出兵を延期させるよう動いても、貸しを作るどころか不快に思うだけだろうなあ。


「ザウアー元帥がそれだけ反対していると言う事は、このまま出兵となった時の統合艦隊の指揮官はパッツドルフ上級大将ね」


「恐らくは」


「軍人としての力量なら圧倒的にザウアー元帥の方が上だけど、ティーネと私も参加する前提ならパッツドルフ上級大将が指揮官の方がずっと御しやすいか」


 同じ門閥貴族で私が遠征軍の中であれこれ口を出すのも難しくないだろうし、ここはやっぱりこのまま今回の遠征計画に乗っかる形で行こうかな。


 もちろん事前にティーネとも相談したい所ではあるけれど……と思っていると、さほど意外でも無い相手からのアポイントメントが入って来た。


 フライリヒート公爵家当主、ニクラス・フォン・フライリヒート公爵と、その娘であるクレスツェンナ・フライリヒート公爵令嬢の二人からの面会の申し込みである。

 お父様は今は帝都に来ていないので、私に会いに来た、と言う事になる。


「いずれ向こうから接触してくるのは分かってたけど、いきなり当主直々、それも令嬢同伴でかあ。思った以上に行動的ね」


 最近はすっかり楽隠居ぶりのウチのお父様とは大違いだ。

 それもフライリヒート公爵家に入り込んだらしいフレンツェンの意向だろうか。


「どうされますか?」


「会わない訳には行かないでしょ。むしろ好都合なぐらいだし。なるべくすぐに会いたい、と伝えておいて」


「はい」


 早速翌日、屋敷に従者二人を伴ってフライリヒート公爵とクレスツェンナが訊ねて来た。


 フライリヒート公爵はお父様と同年代で、痩せ気味で背が高い貴族だ。今は予備役だけど、やはり上級大将の階級も持っている。

 前世ではもう少し後でティーネに対抗するために私が主導になって両公爵家は手を組んだのだけど……まあ互いに猜疑心と虚栄心の塊の同盟だったので上手く行くはずもなく。


 クレスツェンナの方は確かこの頃一三歳。私のはとこに当たる帝位継承者の一人だ。

 この子は年齢に比べてちょっと小柄で各部発育不全気味に見える。始めて来た家に緊張しているのかおどおどしていて俯き加減で、顔立ちは凄く整っているのにどこか暗い雰囲気だ。


 フライリヒート家はマールバッハ家とは逆にフライリヒート公爵が全てを取り仕切っていてクレスツェンナの方は年相応のお飾り帝位継承者だったので、この子の方はあまり私には強い印象は残っていない。


 そしてもう二人、二人の後ろに軍服を着た若い男女が立っている。


 記憶に残っていない顔だった。男性の方は中肉中背で至って真面目そうな顔だと言う以外にさほど特徴は無い。

 もう一人の方は女性にしてはかなり背が高かった。恐らくエアハルトよりも高い。服の上からでも鍛えているのが分かる筋肉質で、表情も精悍だ。私でも分かるぐらいにはっきりとした戦士の風格を前進から漂わせている中で、それでも隠しきれない大きな胸と長いポニーテールが女性らしさをアピールしている。


「ようこそお越しくださいました、フライリヒート公爵」


 私はエアハルトを伴い応接室で応対した。メイドが飲み物を持って来る。


「宮中や社交界で会う機会はあったが、こうしてお訪ねするのは初めてだな、マールバッハ公爵令嬢」


 フライリヒート公爵は飲み物には手を付けず挨拶をしてくる。


「ええ。クレスツェンナも久しぶりね。少しは背が伸びたかしら?」


「お、お久しぶりです……」


 私が声を掛けるとクレスツェンナは小さい声でそう返事をする。


 そんな風なやり取りをしながら私は二人のステータスを確認して行く。


 フライリヒート公爵。


 統率20 戦略51 政治71

 運営19 情報55 機動22

 攻撃38 防御12 陸戦23

 空戦30 白兵44 魅力77


 クレスツェンナ。


 統率41 戦略60 政治51

 運営22 情報18 機動17

 攻撃9 防御18 陸戦7

 空戦14 白兵3 魅力91


 ……お父様もそうだけど大貴族は歳を重ねると逆に能力が劣化するんだろうかな。

 ちょっとこの人には帝国の未来はとても任せられなさそうだ。

 クレスツェンナの方は一三歳と言う年齢を考えたらだいぶ将来有望かも知れない。


 名前も知らない後ろの二人の方は……


 男性の方。


 統率72 戦略77 政治31

 運営34 情報64 機動85

 攻撃83 防御89 陸戦50

 空戦77 白兵74 魅力71


 女性の方。


 統率61 戦略27 政治11

 運営14 情報21 機動15

 攻撃13 防御9 陸戦94

 空戦11 白兵98 魅力85


「……後ろの二人は?」


 さりげなく尋ねてみた。

 多分フライリヒート公爵家の武官だろうけど無茶苦茶優秀だ。


「ん?ああ、我が家の武官でそれぞれヴェルナー・フォン・クラフト、ジークリンデ・フォン・クラフトと言う兄妹だ。下級貴族ながら中々優秀でな。クレスツェンナの護衛を任せておる」


 二人がそれぞれ敬礼すると中佐の階級を名乗る。


 確かにヴェルナーの方は多分中規模の艦隊の指揮ぐらいまでなら一流と言っていい能力だし、ジークリンデの方は今まで私が見た誰よりも陸戦に強い(人間の中では)。

 前世での内戦の時も目立った活躍はしてなかったと思うけど……エアハルトと言いクライスト提督と言い、どこの大貴族にも人材は埋もれている物なんだなあ。


「なるほど、さすがに名門フライリヒート公爵家ともなると臣下にも恵まれてらっしゃいますね」


「いやいや、最近飛ぶ鳥を落とす勢いのマールバッハ公爵家には及ばぬよ。優れた配下を何人も得られたとか」


 お世辞とは分かっていても嬉しい。


「ところで……今日来られたのはやはりエーベルス伯についてでしょうか?」


 一通りの社交辞令を終えた後、私はそう切り出した。

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