第二十九話 準備する時間がいつも十分にあるなら苦労はしない
ここで私も出撃とか私が知ってる展開と違う。
いや、私も少将に昇進したし、展開が変わるのは別に意外では無いのだけど、ここで第四艦隊の分艦隊だけが出撃の候補に出るのは想定外過ぎた。
しかも三個艦隊の内二個艦隊がほぼ壊滅すると言う恐ろしい事になるのが分かり切っている戦場である。
ついでに言えば前世のヒルトは自分が参加してなかった戦いをいちいち検証するような性質では無かったので、戦いが具体的にどう推移したのか全然知らない!
ラスボスとラスボスがぶつかり合うような所にいきなり行かなきゃいけないの……?
「それほど意外でもあるまい」
私の絶叫に呆れたように先生は応じた。
「エーベルス伯は門閥貴族達から反感を持たれている。君は門閥貴族達からは支持を受けている。君は前回の戦いでの功績からエーベルス伯の対抗馬と見做された、と言う事だよ。次の戦いで勝てば二人同時に昇進させればバランスが取れる。負けたとしても二人の責任、と言う事にしてしまえばどちらの側も波風を立てにくい。いかにもフロイント統合参謀総監辺りが考えそうな事じゃないか。君もここ最近随分目立っているようだしね」
「なるほどなー」
そうか、私の視点ではヒルトは実家のコネを悪用してティーネに張り合おうとしただけのろくでなしだけど、周囲の人間から見ればティーネに対抗出来る門閥貴族側の超新星に見えてしまうのか。
私とティーネのステの差なんて普通の人には見えないもんなあ。魅力だけは私も立派なもんだし……
「おまけに今回の人選には内々に皇帝陛下の意も含まれているそうだ」
「陛下の?」
何してくれてるんだ、あのおじいちゃん。
「陛下の場合は帝国の未来を担う若者として素直に期待してるんじゃないかね、君とエーベルス伯に」
そう言われ私は前回の謁見を思い出した。
あの時は単にクライスト提督を確保したいと言う事しか考えてなかったけど……
言われてみればあの時の私の振舞いは完全にティーネと並び立とうとしてたな!
うーん、少将に昇進した後はしばらく目立たずに実家の権力を使って態勢を整えようと思ってたけど、偉くなるって難しい。
「で、どうするね。今ならまだはっきり決まった訳じゃないから君の家の影響力を使えば波風を立てず回避できない事も無いかも知れないが」
「取り敢えずメーヴェに戻ります。皆で協議しましょう」
私は通信を切ってエアハルトの方を見た。
「えらい事になるかもしれない」
「今しばらくは艦隊の立て直しに集中したかった所ですがままなりませんね」
「どう、エアハルト?忌憚のない意見を聞きたいのだけど、今の時点で私の艦隊は実戦に耐えられると思う?」
「ギリギリ、と言う所でしょうか。ただ、クライスト提督がおられますし、それに何より味方にエーベルス伯がおられるのですから、伯と協調した上で動けば、そこまで危機的な事にはならないとも思いますが」
「……そうだね、ティーネがいれば大抵の事は大丈夫かもしれない。だけど、私は怖いのよ。もし敵に、ティーネと同等か、それ以上の人間がいたらその時はどうなるの?」
さすがに「次の戦いは連盟側にも天才が出て来るはずだから行きたくない」とは言えなかった。
私がそう言うと、エアハルトは虚を衝かれたように一瞬黙り込み、それから柔らかな笑みを作った。
「もしそのような時が来れば、その時は私が身命を賭してお守りしますよ、ヒルト様」
「簡単に命を賭けないで、エアハルト」
私は首を横に振って言った。
「あんたが死んだら、もう主を守れないんだから」
主、と言う言葉に心の中で別の意味を込めてそう言った。
エアハルトは時々、自分を大切にしなさ過ぎるように思える。身命を賭して、と言う言葉も大げさな言葉を使っているだけ、と言う事ではなさそうだ。
そして私は本当はエアハルトの忠誠の対象では無いのだ。
この体を本来の持ち主であるヒルトに返す時が来るのかどうかは分からないけれど、私のためにエアハルトに命まで賭けさせるのは私の良心が許さなかった。
……いや、私がこの体で死んだら戻る体が無くなった本物のヒルトも死んでしまうのかも知れないけど。
「憶えておきます」
私の言葉をどう受け取ったのか、エアハルトが神妙な顔で頷いた。
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