第二十七話 三人目

「ところでほとんど一人、と言いましたけど、ほとんど、と言う事はちょっとは他にもアテはあるんですか?」


 私は言葉尻を捕らえてそう訊ねてみた。


「そりゃ」


 エウフェミア先生はきょとんとした顔をして私を指さした。


「もしエーベルス伯がダメなら後は君が自分でやるしかあるまい。帝位継承権持ちだろ」


「アッハイ」


 それはティーネと競い合わなきゃいけないと言う事で出来ればごめん被りたいんだけどな……

 勝てる気しないし。


「私にそれが出来ると思います?」


「今の私のアドバイスを元に具体的な戦略を組み立て、後はそこの忠実なお付き君の言う事をしっかり聞いていれば何とかならない事はないんじゃないか。それでもエーベルス伯を凌ぐのは難しいかも知れないが。一歩間違えれば帝国内で大規模な内乱が起こっておしまいだな」


「そこまで分かってるんなら、このまま現役復帰して私を助けて下さいよ、先生」


 私は甘えるような声でねだって見た。


「面倒だ。それに私一人が世に出て行った所で何か変わる物でもあるまいさ」


「いいえ、変わります。この国にも、銀河にも、私にも先生は必要です」


 戦略98だろ!


「私は諸葛孔明か」


 苦笑気味の表情を先生は浮かべた。


 はるか遠く離れた星の旧い歴史にやたら詳しいっすね先生。

 と言いつつ私も気分はすっかり劉備だ。


「私はこの下宿に引きこもって歴史や軍事思想の本を読んだりその手のコンピューターゲームをやりながら、現実の世界の戦争に関してあれこれ頭の中で考えるだけの生活が出来ていればそれで満足なんだがな」


 この人私と同じタイプのダメ人間だよ。

 でも同じタイプだからこそ、本当はそれだけでは満足し切れないって言う事が私には分かる。


「先生、どんな偉大な戦略だってそれを理解して実行してくれる人間がいなければ意味は無いんですよ。自分が実際どこまでの事が出来るのか、試してみたくありませんか?こう言っては何ですけど、先生の能力をちゃんと理解して評価する高級軍人なんて多分滅多に現れませんよ」


「……待遇は?」


「少佐への昇進はすぐに。それとお望みならマールバッハ公爵家高級武官の地位も。給料は以前の三倍は堅いですね」


「老後も保証してくれるんだろうな」


「もちろん。私が没落しなければ、ですけど」


「言っておくが私にまともな仕事ぶりは期待するなよ」


「普通の仕事をしてくれる人間が欲しいなら先生に声は掛けませんよ」


「後、間違っても私に艦隊を指揮させようなんて思うなよ。実戦じゃ考え込み過ぎて失敗するタイプだからな私は」


「それは大丈夫です。実戦指揮官は優秀なのを別に確保してますよ」


「そして私を使うからには」


 先生が椅子から立ち上がった。


「何にも遠慮せずとことんまでやるぞ。戦争で忖度ほど有害な物はないからな。それが受け入れられないとなったらさっさと君らを見限る。覚悟しておけ」


「ええ、それぐらいの人を集めないとこの戦争は終わらせられませんし、あのエーベルス伯とも渡り合えません」


 私も椅子から立ち上がって答えた。

 先生がニヤリと笑うと机の上に置きっぱなしだったお酒のコップを掴み、グイ、と一息で呷る。


「仕方ない、さほど可愛くも無い教え子と人類の未来と安寧たる老後のために、頑張ってみますか。よろしく頼むよヒルト、エアハルト」


「はい、お願いします」


 私は笑顔で握手を求め、エアハルトも敬礼で答えた。


 よーし、と私はまた内心でガッツポーズをした。


 名目上の艦隊指揮官としてこの私ヒルトラウト・フォン・マールバッハ。

 統率49 戦略79 政治50

 運営38 情報39 機動33

 攻撃29 防御37 陸戦42

 空戦24 白兵12 魅力90


 実戦艦隊指揮官としてクルト・フォン・クライスト准将。

 統率80 戦略72 政治25

 運営37 情報27 機動85

 攻撃93 防御67 陸戦75

 空戦91 白兵82 魅力70


 参謀としてエウフェミア・フロイト大尉。

 統率64 戦略98 政治95

 運営88 情報92 機動60

 攻撃72 防御60 陸戦40

 空戦50 白兵27 魅力71


 そして万能の副官にして私の切り札、エアハルト・ベルガー少佐。

 統率92 戦略89 政治75

 運営88 情報79 機動83

 攻撃91 防御94 陸戦90

 空戦74 白兵93 魅力85


 ティーネと比べれば層は薄いし、後トップの私の能力が無茶苦茶劣ってるけど、それでも少数精鋭、粒ぞろいの幕僚が一応は揃った……気がする。


だ、ダメだ。思考が歴史SLG脳だから、人材が揃ったと思うとどうしてもニヤニヤしてしまう……


「ここから『たった一人の予備役大尉の現役復帰がここまで歴史を動かした例は恐らく他になかったであろう』と後世の歴史家に書かれる程度の事をやれればいいんだがね」


 私の考えている事を知ってか知らずか、エウフェミア先生は皮肉げな口調で呟いた。


 やっぱりこの人私と似てるな……


 こうして私は、ヒルトの前世では世に埋もれたまま命を落としてしまった三人目の人材を、表舞台に引っ張り出す事に成功した。


 実際にそれがこの後の歴史にどんな影響を及ぼすのかは、残念ながら今の私にはまだ知る由も無かったのだけど。

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