第一話 帝国史上最大最悪の貴族令嬢とその副官

 次に私の意識が捉えたのは、全体的に無機質な、そして騒がしい空間だった。


 大小無数のスクリーンが壁や天井に並び、その合間を縫うように薄暗い照明が設置されている。


 その明かりに照らされて黒を基調にした軍服に身を包んだ人間がシートに腰かけ、あるいはせわしなく動き回りながらコンソールを操作したり、計器の数字を読み上げたり、通信したりしていた。

 そしてスクリーンの多くは、漆黒の中に浮かぶ無数の光点を映し出し、残りは周囲の状況をシミュレートしたCGが映し出されている。


 私はその中心で、一際豪奢なシートに腰かけていた。


 ああ、宇宙戦艦の艦橋だなあ、と言うありきたりな感想を抱いた後、私は自分が今どこにいて、そして誰なのか、おおまかに思い出そうとした。


 今の私は、ヒルトラウト・マールバッハ。神聖ルッジイタ帝国中でも皇帝に次ぐ権勢を誇る大貴族であるマールバッハ公爵家の公女で、同時に帝国貴族の務めである最低二年間の兵役をこなす最中の、帝国宇宙軍准将でもある。

 皇帝の外戚でもあり、順位は高くないとはいえ、一応帝位継承権すら持つと言う、帝国における貴族階級の最上位中の最上位と言っていい血統と地位に生まれ持った御年十八歳の少女だった。


 しかしまあ……


「確かに性格はゴミだなあ……この子」


 彼女の記憶を読みながら思わずそう口に出し、いきなりシートの上で一瞬突っ伏してしまった。


 これはひどい。その一言に尽きた。


 傲慢、尊大、狭量、短気、選民意識の塊、サディスティック。平民の命など何とも思っていない。同じ貴族であっても自分の気に喰わない物には容赦しない。この世は自分のためにあると疑って信じない、いっそすがすがしいまでの唯我独尊っぷり。


 ここまでの十八年の子ども時代の間でも、由緒正しい平民の私の視線で見れば軽く引くような暴君ぶりを発揮しているし、この先の未来の記憶を覗いてみれば、大人になって実際の権力を得た彼女は、自国の要人の暗殺を試みるわ、自領の住民を虐殺するわ、帝国内で大規模な内乱を引き起こすわ、停戦交渉をぶち壊しにするわ、とそれはもうやりたい放題やっている。


 とりあえず今この場でこの子が死ぬだけでだいぶこの先の宇宙の歴史はマシになるんじゃないか?と思えるレベルである。


 確かにこの子なら乗っ取ってもあまり良心は痛まないかもしれない……


「何か言われましたか?ヒルト様」


 私の独り言を聞き付けたのか、隣に立つ男が訪ねて来た。


「ん……へ、へっ!?」


 反射的に顔をそちらに向けると、思わぬイケメンの顔が間近にあり、ついどぎまぎしてしまう。


「ヒルトラウト様?」


 男が不思議そうに首をひねる。

 近い!近いって!こっちは男の子と遊ぶより本を読んでゲームをしてる方が好きだった残念女子なんだから!


 落ち着け私はクールだ、と自分に言い聞かせ、彼に関する記憶を整理する。


 一七〇cmにギリギリ届かない程度の、帝国の成人男性にしてはかなり低い身長と、その上に乗った控えめでどこか憂鬱そうな表情をいつも湛えた整った顔を持つ彼は、帝国軍大尉にしてヒルトでの従者でもある、エアハルト・ベルガー。


 年齢はヒルトより四つ上の二二歳。平民出身ながら子ども時代からヒルトに仕え、彼女が気まぐれに行う暴挙の数々を時に身を挺して止め、時に後日フォローし、必要とあらば直言も行う、外付け良心回路。


 この先のヒルトの記憶―――もう面倒だから彼女の前世と言ってしまおう。正確ではないかもしれないが。

 ヒルトの前世でも何とか彼女の暴走を止めようと悪戦苦闘し続ける忠臣っぷりを見せ、ヒルトはヒルトで彼の事を表向き鬱陶しがりながらも実は密かな想いを寄せていたのだが、ある事をきっかけに本気でヒルトの怒りと憎しみを買い、最後は結果的に———それはヒルトの本意では無かったのだが———彼女に殺されてしまう、と言う悲惨な最後を遂げる。


 彼を死なせてしまった事でヒルト自身も精神の均衡を失い、彼女の破滅もそこで確定してしまう。

 その顛末を知っていれば、良くもまあ、こんなろくでもないツンデレとヤンデレを極度にこじらせた主君にあそこまで義理を果たしたよ、と賞賛したくなる。


「何でもないわ。それよりちょっと鏡を用意してくれるかしら、エアハルト」


 私が内心の動揺と混乱を取り繕ってそう答えると、エアハルトは怪訝そうな顔をしながらもすぐに手鏡を用意した。


 豪華な宝石で無駄に彩られた鏡の中に艶やかな栗色でボブカットの髪と、大きな碧眼を持つ美少女の顔が映る。


 これが私?と思わず見惚れてしまいそうな、ガワだけは完璧な貴族令嬢がそこにいた。ただし胸だけは無かったが。


 取り敢えず、今の自分の能力を再確認してみた。


 統率49 戦略79 政治50

運営38 情報39 機動33

攻撃29 防御37 陸戦42

空戦24 白兵12 魅力90


 おお、能力がわずかずつとは言え全体的に上がっている。

 これは多分、元の私の能力にヒルトが知っているこの世界の軍事知識が加わったせいだろう。

 魅力は容姿の変化と後は地位と血統による上乗せだろうか。


 この分ならこの世界で熱心に勉強すれば、私も立派な提督になれるかもしれない……すでに准将なんて言う地位にいるのだから半分手遅れな気もするが。


 さて次は我が艦橋スタッフの能力は、と周囲をざっと見まわそうとし、私は一人目で固まった。


 統率92 戦略89 政治75

運営88 情報79 機動83

攻撃91 防御94 陸戦90

空戦74 白兵93 魅力85


 どえらいステの英雄が真横にいた。


 人間の上限は100。90を超えれば稀有な才能、って言ってなかったっけ?

 この副官90を超えるステが5つもあるんだけど。


 何かの間違いかと思って他の艦橋スタッフのステータスも確認してみるが、他の人間は高いものでも70前半が一つあるのがせいぜいだ。


 確かにヒルトの前世でも彼は最後はいつも正しい諫言をしていたから無能なイメージは全く無かったけど、まさかここまでの能力の持ち主だったなんて。


 ヒルトの前世では最後まで大尉に留まっており、艦隊指揮どころか艦長の地位に就く事すらなかったはずだけど。


 主君のせいで活躍の機会が全く得られなかっただけで、本当は無茶苦茶強かったんだなエアハルト君……不憫な。


 良し、ひとまず当分は彼に頼り切ろう、そして出来れば最後まで腹心として活用しまくろう、と私は心に決めた。


「あの、本当にどうかされましたか?ヒルト様」


 うっとりとエアハルトを、正確には彼の頭上の数字を見詰めていると、戸惑ったように彼はまた訪ねて来た。


「ううん、ちょっと気にかかる事があってね。エアハルト」


 私はそう誤魔化すと、シートのひじ掛けに備え付けられたコンソールを操作し、自分の前に3Dディスプレイを表示した。


 私にとっては初めて触る物だが、ヒルトにとっては日常的に慣れ親しんだ機器、操作を戸惑う事など無い……と思ったが実際には結構戸惑った。


 どんだけ、仕事をさぼってたんだ。


 そこには赤と黄色に色分けされた複数の艦船モデルが距離を置いて向き合っている図が表示される。


 黄色には叛乱軍と言う表記が付いているので、赤が自軍のようだ。

 その操作をしながら、私は今のこの状況を思い出していた。

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