死刑囚が残した最後の叫び。『それでも私は』そして『万物流転』
榊琉那@The Last One
思いは伝わる事なく消えていく……
ある男の死刑が確定して数年後、遂に刑が執行される時がやって来た。
朝食後から午前10時までの所謂『魔の時間』。刑が執行されるのは、この間の時間だ。受刑者たちは、この時間が無事に過ぎるよう、ビクビクしているのだった。
そして今日、自分のいる独房の前でいつもは通り過ぎるはずの足音が止まる。
ああ、遂に刑が執行されるのだとすぐに悟った。
自分にとっては何も得る事のなかった時間がやっと終わる。
男には絶望などなかった。いや寧ろ、やっと腐りきったこの世から脱出出来るのだ。この世を捨てて飛び立ちたいと願っていた男だ。やはり普通の精神状態ではなかったのだろう。
罪状はライブハウスに放火しての殺人罪。密かにガソリンを持ち込み、満員のライブハウスにばら撒いて火を付けたというもの。身動きの取れないライブハウスでの火災は、阿鼻叫喚の騒ぎとなった。我先にと逃げようとしている人がパニックの悲鳴を上げる。全身が火だるまになって助けを求める人も多数。まるでこの世の地獄のような光景であった。 その光景を、男は逃げずに見つめていたのだという。
当然ながら、男は現行犯逮捕された。 死者7人、負傷者80人を超える大惨事となった。
動機は?と聞かれた時には、男はこう答えた。
「嘗てライブハウスにガソリンを撒いて自ら火炎瓶を投げ込もうとしたアーチストがいた。残念ながら未遂に終わったので、自分が代わりに実行してやろうと思った」
男は精神鑑定にかけられたが、特に異常はなかったという。男には反省の色などまるでなかった。しかしながら、自分の犯した罪に関しては罰を受けるのだという。
当然の結果ながら、死刑が求刑された。控訴はしなかったので、その男は『死刑確定囚』となったのだった。
男が凶悪な事件を引き起こす背景には、悲しい事情があったのも事実だ。
両親は二人とも気が荒く、近所付き合いもほぼ無いような状態だった。両親の話によると、学生時代に付き合っていた二人の間に出来てしまい、仕方なく『出来ちゃった婚』をしたのだという。当初から夫婦仲は良くなかったとされている。子供にとってはいい迷惑だ。愛情というものは教えてもらった記憶もない。
そして幼い頃から、友達になろうと近づいても
「あの子に近寄っちゃいけません!」
と友達になろうとしていた子の親からこういわれる始末。自分は悪くないのにと理不尽に思う日々だった。教師は面倒くさそうにしていて、お話にならない。
こうして男は、幼少の頃から人間を信用出来なくなっていった。生きるなら一人で誰にも頼らずに生きていこうと、しっかり勉強はして、体も出来る限り鍛えていた。
いじめに遭いそうになった時は、容赦なく殴りかかりにいったので、何時しか男の周りには誰も近づかなくなっていった。
更に悲劇が男を襲った。ある日、両親が乗った乗用車が猛スピードで壁に衝突し
両親は即死した。男を引き取る人は誰もいなくて、結局、施設に引き取られた。
(何故、自分ばかりがこんな目に……)
男は理不尽と思いながらも現実を受け入れた。働けるようになったらすぐに働こう、そう思いながら施設での生活をしていた。
就職口を見つけ、施設を出て、自分一人の生活が始まった。人並みの幸せなど求めない。平穏に過ごせる時間さえあればよかったと、この時は思っていた。
しかしながら、平穏な時間は長くは続かなかった。
就職して数年後、些細な事から喧嘩になってしまった。相手が一方的に殴って来る。男は我慢していたが、身の危険を感じ、身を守るために相手を殴ってしまった。
結局、双方とも警察に身柄を拘束された。
そして信じられない事に、最初に殴って来た相手はすぐに釈放されたという。
いくらなんでも理不尽過ぎないか?どうやら相手の男は、議員の息子だという話だった。どうせ金を積んでもみ消したのだろう。男は、またしても裏切られたという気分だった。
この頃から、男の体の中にどす黒いものが満ち始めていたのだろう。何をやっても上手くいかない。悪い事はすべて自分のせいにされる。次第にどす黒い感情が大きくなっていく。それが
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