第25話 詰所

 詰所の中へと入った二人は、一旦部屋へと案内された。

 テーブルと椅子、他には調度品が幾つか。

 簡素な造りで、応接室と呼ぶと言うより取調室といったほうがしっくりとくる。

 そこで待っていると、やがて衛兵が入って来た。

 案内してくれた人物とは違う、もっと年配の男である。

 男は取り巻きを数人連れていた


「お初にお目にかかります。私はこの衛兵所の長官を務めております、ジョネスです」


 そう言って、ジョネスはハンナ達に礼をとった。

 深々と頭を下げられ、ハンナは面食らう。

 まさか一番偉い人が出てくるとは思わなかったからだ。

 自分より一回りどころか二回りも大きい人物に頭を下げられ、こそばゆい気持ちになる。


「ハンナと、こちらはクレイになります。どうぞ頭を上げてください」


 うながされ、ジョネスは向かいの席へと座る。

 その目には子供だからと侮るような色はない。

 協力者に対して期待している目だ。


「事件について協力してくれると伺いました」

「はい、そのつもりです。でも内容はまだ把握していません。ただアヤカシが関わってるらしいだけとか」

「成程」


 ううむ、と腕を組みジョネスは顔をしかめた。


「少々刺激が強い話になるかもしれませんが、お話しして宜しいかな」

「どうぞ。そのつもりで私達はやってきました」


 念を押されるが、ハンナは頷き話を促す。

 そしてジョネスは、ポツポツと語り出した。


 先日、男が死んだ。それも人目につく通りで。

 殺人が起こるとまず、物盗りか怨恨の線を考える。

 だが、どうもそれは疑わしかった。

 衛兵達が早々に考えを改めた理由、それは。


「おおよそ人の力によるものではないのですよ」


 死体は、凄まじい力で損壊されていた。

 機具を使うにしても、そんな大がかりな物を使っていれば誰かに発見されてしまうし、獣であれば誰かが唸り声のひとつでも耳にするはずなのだ。

 だが、どちらもそんな目撃情報はない。


「朝方、そこを通りかかった通行人によって通報がありました。昨日まではそこに無かったのに、悲鳴のひとつも聞いてはないのことです」


 ハンナとクレイは顔を見あわせた。

 もしアヤカシの仕業ならば、男は引き摺りこまれたのではないのか。

 異界。

 自分たちでもアヤカシを倒してようやく元の世界に戻ってきたのだ。

 なにも知らないでアヤカシに近づいてしまい、悲劇が起こったのは考えられる。

 まだ、憶測の域は出ていない。

 だからこそ、調べる意味はある。


 クレイと目配せをし、ハンナは頷いた。

 どうやら二人とも同じ推論を導いたようだった。

 だが、話を聞いただけで判断するのは早計だ。

 ハンナは思ったことを尋ねてみることにした。


「事件があったと思われる……ええと、夜ですか? 誰も何も聞いてないんですか?」

「ええ、そうですね」


 死体が発見されるまで、付近の住人は物音を聞いてないそうだ。

 揉め事が起こった様子も感じなかったという。

 現場は探したが、凶器の類はいまだ発見されてない。


「まあ、私は人ではないと思ってますがね」

「なにか確証が?」


 ジョネスが眉をひそめる。

 あまり思い出したくないといった様子だった。


「先ほど言いましたが、人の力によるものではないのですよ」


 そう言いながら、キュッと絞る仕草をする。


「雑巾を絞るようように捻りあげられているのです。人には無理ですし、わざわざ動物がそんなことをしますか?」


 なるほど、とハンナは頷いた。

 確かにそうならば、魔女に助力を願うのも無理は無い。

 問題はアヤカシだったとして、どういう輩なのかということだ。


「よろしかったら、死体を見せていただけませんか?」


 横から動揺の気配が伝わってくる。今度はクレイが渋い顔をしていた。


「おい、ハンナ」

「なあに?」

「わかってるのか、人の死体だぞ」

「うん、わかってる」


 事件はすでに起こっている。だがアヤカシに対する情報は足りない。

 なので被害者から情報を得ようと考えたのだ。

 しかしクレイの態度はあまり宜しくない。


「狩りの獲物を見るのと訳が違うんだぞ、ハンナにそういうのは見せたくないな」

「でも今のままでは何もわからないわ」


 死体を見ても大丈夫、とハンナは言う。

 だがクレイは見せたくなかった。

 確かにアヤカシについて良くわかってはないが、死体がどういう状態なのかもわかってない。

 魔女と言ってもハンナは年頃の娘である。

 出来ることならそういう凄惨なのは自分が受け止めたかった。


「僕が調べて、それを報告するのじゃ駄目かい? その間ハンナはこの人に詳しく話を聞いておくれよ」

「気をつかってくれるのね、ありがとう。私は大丈夫よ」


 そう言って屈託の無い笑顔を見せる。

 クレイはそれに当てられるが、顔を振って己を取り戻した。

 彼女はわかってはいない。

 ジョネスの話を聞くと死体が悲惨な状況になっているのは間違いない。

 自分だって狩りの獲物を解体するとき、最初はショックを受けたものだ。

 ハンナは見もしないで大丈夫と言っている。それが不安なのだ。

 聞くと見るとでは大違いだと言うのに。


「魔女様、失礼致します。死体は安置所に保管されていますが、損壊が酷いです。淑女が見るには刺激が強いでしょう。ここは従士殿に任せてはいかがでしょうか」


 クレイの気持ちを察してくれたのであろう。ジョネスが助け船を出してくれた。

 こういう時、大人の気遣いはありがたい。


「いえ、大丈夫です。任された身ですから人任せなんて出来ません!」


 ……その気遣いも、相手に伝わればの話だが。

 ジョネスがちらりとクレイのほうを見る。どうします? といった目だ。

 どうもこうもない。

 引き留めたかったが、考えは曲がりそうにも無い。

 彼女が卒倒しないことを願うだけである。

 クレイはお願いしますと頷いた。ジョネスがわかりましたと首を縦に振る。


「そこまで言うのならば仕方ありませんね。わかりました、ご案内いたしましょう」


 そう言ってジョネスは席を立った。周りの者と一緒にその場所へと促す。

 ハンナとクレイはその後をついていくことにした。


 案内された先は地下にある一室であった。

 部屋はそれなりに広く、簡易な寝台が幾つもある。

 その台は布でそのうちのひとつは盛り上がっていた。

 おそらく、あの中身が死体なのだろうということは想像がついた。


「では今から布を外します。気を持たれるようお願いします」


 ジョネスはそう言い、部下に覆いを外すよう命じた。

 部下の手が布に近づき、露わになる。

 あらかじめ忠告されていたから心の準備は出来ていたが、やはり死体を見るのは気分が良くない。

 クレイは露骨に顔をしかめた。

 ハンナはどうだろうか、と横を向いてみた。


 彼女は平気を装っていたが、やはりショックだったのだろう。無言で動けずにいる。

 明かりを落とした地下の暗さでもその蒼白さがはっきりとわかった。

 だから、見せたくなかったのだ。

 死体と言う言葉と、現物は違うのだ。

 卒倒するなら支えてやろうと、ハンナにへとクレイは近づいた。

 だがそれは、ハンナが前へと進んだことによって拡がった。


 驚いた。

 ハンナは気丈に振る舞いながら、死体の状態をつぶさに観察していた。

 よくよく見れば、杖を握る手に力がこもっているのがわかった。

 そうやって気を張っていないとやはりキツいのだろう。

 か弱い少女だと思っていたが、考えを改めなければならない。

 気になった点をジョネスたちに質問し、そこから湧いた疑念を更にぶつけるハンナ。

 その姿は小さいながらも、探究心を恐れない魔女の姿そのものであった。


 クレイはその姿に感心した。

 そして、自分もその横に立つに相応しい者にならなければ、と考えを改めたのであった。

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