魔女ハンナと従士クレイ

朝パン昼ごはん

第1話 クレイ

 背負い袋につめられるだけつめこむと、実際に肩に担いでクレイはその重さを確かめた。

 少年の身体で背負える荷物などたかが知れている。

 なにしろ長旅になるのだ。背負えぬ重さならば置いていかねばならない。

 ゆさゆさと振ってはみるが、肩に食いこむことはなさそうだった。

 調子を確かめクレイは頷く。


「持てないことはないな」


 他に何か忘れ物はないか。まだ持っていけそうな物はないか。

 クレイは部屋をぐるりと見回した。

 とはいっても、自分の部屋にある物などたかが知れている。

 ストゥンと二人でこの家で暮らしてきた。

 そう思うと、昨日まで何とも思わなかったこの部屋が、妙に感傷的に見えてくる。

 そんな気持ちを胸に抱きながら、改めて部屋を見渡した。


「うん、大丈夫そうだな」


 クレイは挨拶をしようとストゥンの部屋へと向かった

 ドアをノックして中に入ると、ストゥンは笑みを見せた。

 ストゥンとクレイに血の繋がりは無い。親代わりに育てて貰っている。

 父と子というよりは祖父と孫みたいな年齢差だが、あまり気にしたことはない。

 親がいないことをからかってきた村の子供はいたことはある。

 そういう輩には身の程を教えてやって二度とそんな口をきけないように躾けてやった。

 まあ、そのあとストゥンから雷を落とされた訳なのだが。

 クレイはストゥンから色んなことを教えてもらった。

 だから親として、師として尊敬している。


「支度は出来たのか」


 椅子に座りながらストゥンが声をかけてくる。

 静かで、落ち着いた声。

 そんな声にクレイは頷いた。


「うん、出来たよ」


 そうか、とストゥンは頷いた。

 そのまま彼は何も言わず、卓にあるカップを見つめたままだ。

 クレイも何も言わない。

 部屋で感傷的になったあの気持ち、それをストゥンも感じているのだろう。

 褒められたこともあったけど叱られたこともあった。

 ストゥンは今、何を思っているのだろうか。

 そんなことを考えていると、少年は自分から声を発することは出来なかった。

 沈黙を先に破ったのはストゥンからだった。


「餞別だ。持っていけ」


 立ち上がると、ベッドの下から箱を引きずり出してきた。

 それは古くて大きな箱だった。

 おそらくクレイよりずっと年季が入った箱。

 ストゥンの性格に沿ったように、最低限の装飾しか施されてない、簡素な木箱であった。

 ストゥンは立ったままだ。おそらく開けろということだろう。

 クレイが箱を開けると、そこには剣と鞘があった。

 剣の刀身には大小様々な穴が穿たれ、切っ先から柄まで装飾と紋様が施されてあった。

 鞘にも同じく、装飾と紋様が施されている。

 クレイはその剣の名前を知っている。


『サルタトル』


 ストゥンが旅の友として愛用してきた剣である。

 子守歌代わりに聞きせがんだ昔話から、それが大切な物であるとクレイは理解している。

 少年の目が丸くなる。

 師父がこの剣を相棒に、妖を祓ってきたのは絵空事ではない。

 そんな剣が今目の前にあるのだ。

 嬉しくもあるが、それ以上に自分が受け取っていいのか困惑していた。


「いいの?」

「ああ、今の俺には必要のない物だ」


 頷くストゥンだったが、クレイは続ける。


「僕なんかが持ってていいの?」


 念を押してくるクレイに、ストゥンは苦笑する。


「面白いことをいう。お前は従士としてついていくんだろう?」


 クレイが家を出る理由。それは旅をするためであった。

 魔女の従士として旅に出るために。

 なら、それに相応しい物を持ってても問題はなかろう。

 ストゥンの目は、そう物語っていた。

 その目をじっと受け止めて、やがてクレイは首を縦に振った。


「なら、持っていけ。従士には必要な物だ」

「ありがとう」


 両手で一振り二振りと振り下ろし、感触を確かめる。

 大人が持つには手頃だが、少年が持つにはやや大きい。

 ずしりと、重さが両手にのしかかる。今のクレイには身分不相応な代物だ。

 旅を続けるうちに、これに相応しい人物にへとなろう。

 クレイは内心そう心に誓いながら、慎重に鞘へと納める。

 そのまま鞘袋に収め、背負い袋と一緒に吊り下げ背負う。


「御丁寧だな。もうお前のもんだぞ」

「だからだよ。受け取った物を乱暴に扱えないよ」

「お前な、剣は飾りじゃないんだぞ」

「わかってるよ。この剣にふさわしい男になれるように頑張るよ」

「ああ、頑張れ」


 それから、ストゥンはマントを渡してきた。

 年季が入った色あせたマント。少年が羽織るには大きいサイズだ。

 剣のあとにこれを渡され、クレイはすぐにピンときた。


「これ、ストゥンが着ていたの?」

「ああ、補修はしたが古くささは否めんな」

「そんな事ないよ」


 ぎゅうとマントを両手で引き寄せて身にくるむ。

 手入れはされてはいるが、顔に擦りつけると織りの荒さを感じる。

 だがそんなことは気にはならなかった。


「ストゥンが一緒にいてくれるようで心強い」

「あまり俺を頼るな」


 くるまりながら笑うクレイにストゥンも笑いながら近づき、ガシガシと頭を撫でる。


「俺はもうただの爺でお前が従士だ」

「ただの爺なんかじゃないよ。色々と教えて貰った」

「覚えてねえな」


 ストゥンは身をかがめ、クレイと同じ目線へと立った。


「いいか、ハンナを守ってやれ」

「うん、わかってるよ」


 少年は頷く。その目は決意に満ちている。

 ハンナは幼なじみの女の子だ。

 この村で、他の子供らと一緒に遊んだ仲間である。

 そんなハンナが、魔女と知ったのはいつ頃であったろうか。


「私が旅に出るとき、従士になってくれる?」


 それを聞かされた時、クレイはまだ意味をよく分かっていなかった。

 魔女のこと。従士のこと。

 それがどういう意味なのか、全く知らなかったのである。

 だけどクレイは一も二もなく頷いて返した。

 いつもハンナと一緒に行動して、それが当たり前だと思っていたからである。


「うん、なるよ。ハンナの従士になる」


 そう返事したときのハンナの顔は、今でも鮮明に思い浮かべることが出来る。

 とてもとても、嬉しそうな顔。

 約束を交わして家に帰り、そのことを報告したときのストゥンは複雑な顔をしていた。

 実のところ、ストゥンが元従士だと知ったのはその時である。

 ストゥンはクレイを育ててはいたが、別に従士の後釜として拾っていたのではなかったからだ。

 そう告げたときのストゥンは複雑な顔だった。

 別に村で暮らしてていいんだぞ。

 そう返されたがクレイの心は既に決まっていた。


「なるよ。僕は従士になる。ハンナと世界を旅するんだ」


 そのことについてだいぶ話しあった。

 魔女のこと。従士のこと。旅を続けるということ。

 そして、少年の決意が固いことを知ってストゥンは首を振った。


「仕方ねえ。なら稽古をつけてやろう」


 それからクレイの日々に、剣を握ることが加わった。

 修行の日々は辛くなかったといえば嘘になる。

 だがその積み重ねに今の自分があるとクレイは確信している。

 その証拠に、大人に混じって狩りに参加を許可されているのは同年代ではクレイだけだ。


「教わったことを役立ててみせるよ。ハンナを絶対に守ってみせる」

「俺としてはまだまだ教え足りないんだが……仕方あるまい」

「さびしいの?」

「馬鹿言え」


 場を変え椅子へと座りながら、二人は話に興じる。

 これまでのこと。これからのこと。自分たちのこと。

 それはいつまで続くかと思われたが、冷めかけた茶をストゥンが飲み干して話は終わった。


「行くか。御婦人方を待たせるのは良くない」


 そろそろ出かけることを促される。クレイも器を飲み干して了承した。

 ストゥンが家を出るのに、後へと続く。

 外へと続くドアで立ち止まり、クレイは自分が住んできた家の中を改めて見返した。

 ここへ帰ってくるのはいつの日か。

 振り返りあとを追って外に出る。まだ陽射しは明るかった。

 もう先へと行っているストゥンにへと小走りに追いつき、クレイが声をかける。


「ねえ、ストゥン」

「なんだ」

「向こうの家につくまでにストゥンの旅のことが聞きたいな」

「散々今まで聞いたじゃねえか」


 肩をすくめてため息をつくストゥン。

 夕食や寝る前に旅の話をせがまれたことは一度だけではない。

 クレイは笑って答えた。


「だからだよ」

「しょうがねえな、これで最後だぞ」

「戻ったらまた続きを聞きにくるよ」

「そんときゃ俺は墓の中だ」

「そしたらあの世まで尋ねにいくよ」

「ばーか、まだ早え。俺の倍まで長生きするまでこっち来んな」


 憎まれ口を叩きながら、ストゥンはこれで最後と、自らの体験を話しだす。

 クレイはそれにうんうんと聞き入りながら、二人並んで歩いていくのであった。

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