あの日、さよならをくれた君へ

くみた柑

第1話

 なんとなく、彼とはいつまでも、このままの関係でいられると思っていた。

 どうしてそう思えたんだろう。

 今日と同じ明日が訪れる保証なんて、何もないのに。 

 彼女でも、ましてや友達でもない。ただの、幼馴染おさななじみ


 彼の方から初めて連絡をもらって、スマホの画面を二度見、どころじゃなく何度も確認した。どれだけ見直しても、画面に表示されているのは間違えようもない彼の名前で。

 誰かの悪戯いたずらなんじゃないかと疑って。

 でも、本当に彼だったら待たせちゃいけないと、慌てて気持ちを切り替えて。胸をドキドキさせながら待ち合わせ場所に着いた。

 そこで待っていたのは、間違いなく、彼だった。


 彼の姿を見つけた瞬間、心臓が爆発しちゃうんじゃないかってくらいに、激しく鳴り出した。

 うっかり、何かが始まる予感がしてしまった。


「ごっ、ごめん、遅くなっちゃって」


 緊張で声がひっくり返ってしまって、赤い顔が、一層赤らんだ。


「いやこっちこそ、急に呼び出してごめんな」


 彼は、いつも通りの、弾けるような笑顔でそう言った。

 そんな無邪気な笑顔で、彼は急に私を呼び出し、そして、

 「さよなら」を告げた。


 彼が待ち合わせ場所に指定したのは、丘の上にある小さな公園。

 私達の住む街の一角が見渡せる。そこから眺める沈みゆく夕日は、とても美しい。


「ここから見る夕日も、今日で見納めだな」


 彼が最後に呟いたその言葉は、まるで明日、彼がこの世から消えてしまうんじゃないかと思わせた。


 昔、私達はよく、この公園で遊んだ。

 まだ、私が彼と話すことに緊張なんてしていなかった頃。

 まだ、私が彼よりも背が大きくて、駆け足も早かった頃。


 彼はよく、一つ年上の男の子と遊んでいた。

 私は仲良く遊ぶその二人の中に入って、一緒に木登りもしたし、砂場でトンネルを作って水を流し、泥だらけになったりもした。


 あの頃の私達には、友達とか、恋愛とか、人間関係とか、そんな難しいことは一切なくて、ただ、目の前にある遊具で、木で、草で、花で、砂で、全力で遊んで、泥だらけになって笑っていた。


 小学校は2クラスしかない小規模校で、クラス替えも2年に一度しかない。彼とは3年生の時から、ずっと同じクラスだった。

 人数が少なかったから、みんなが広く、浅く、友達みたいな雰囲気で、同学年の子の顔と名前は全て知っていたし、そういえば、新しい友達づくりというものを、小学校でしたことがなかった。


 中学になり、一気に7クラスになった。1クラスあたりの人数も増え、大規模校だった中学校に、私は気後れしてしまった。

 1年生のクラス分けで、私は不運にも、同じ小学校からの生徒が4人しかいないクラスになってしまった。けれどその少ない数の中に彼がいたことは、私にとって大きな救いだった。

 大規模小学校から来ているだろう子たちは、すでに気心が知れた会話を楽しそうにしている。私はその輪の中に入る勇気がなく、タイミングを逃しているうちに、すっかり孤立してしまった。あっという間に女子の間にはいくつかのグループが形成されていた。


 クラス委員になった女の子に、連絡に便利だからと、クラスのSNSグループに誘われ参加したけれど、毎日そこで大量に流れていく会話には、時々同意のスタンプを押すのが精一杯だった。

 クラスのSNSを通じて、何人かの女子からはフレンド申請が来た。

 けれど、どの子も「よろしくね」のあとの会話は続かなかった。

 そんな、初めのうちのフレンド申請の波に遅れること数週間後。彼からもぽつりと申請がきた。特にそこで会話を交わしたことはなかったけれど、彼と繋がることができて嬉しかった。


 中学の制服に身を包んだ瞬間、小学校までの、誰とでも仲良く話せた私は、どこにもいなくなっていた。

 女子ともろくに話すことができない私は、男子との会話などできるはずもなく、ただ、遠くから彼を見つめるだけの存在になった。

 小学校の頃はあんなに楽しく話せていたのに、ただ制服を着ているというだけで、彼はとてもとても遠い存在のように思えた。


 彼は持ち前の明るさとルックスで、知らない学校の友だちともすぐに仲良くなっていたし、教室の女子だけでなく、他のクラスの知らない女子からもよく声をかけられていた。

 時々女子に呼び出されては告白をされていたようで、「私も告白してみようかな」「あの子も振られたみたいだよ」なんて噂をしている会話が、よく聞こえてきた。

 昔から仲が良かった、一つ年上の男子のクラスによく遊びにいくからか、先輩からも告白されることは少なくなかった。

 とてもモテるのに、特定の女子と付き合う気配がない彼に、女子たちが玉砕ぎょくさいした話を聞く度に、私は少し、ほっとしていた。


 彼のことを好きになったのは、いつからだろう。

 明確に、彼を意識したのは、中学1年の2学期頃。


 その頃の私は、嫌な夢をよく見ていた。


 上履きを隠されたり、体操服を汚されたり、スマホのメッセージを通じて酷い言葉を投げつけられたり。その夢はとてもリアルで、ゴリゴリと私の精神力を削っていった。


 夢で見るようなことは、現実では、一度も、誰からも、されたことがない。

 誹謗中傷が書き込まれた気がするSNSのチャット画面を何度確認しても、そこにはただの空白が存在していた。酷い言葉を言われたわけではないけれど、誰からもメッセージは届いていない。それは私がただ、クラスで孤立しているという事実を突きつけてくるだけだ。


 どうしてこんな酷い幻覚や幻聴が起こるのだろう。ただ、自分から声をかける勇気がないだけなのに。

 クラスの女子から向けられる視線が怖かった。

 言われたこともない、私をおとしめる言葉が聞こえる気がして、いつも怯えていた。


 私は、自分は何かの病気なんじゃないかと思っていた。

 そんな嫌な妄想にとらわれはじめていた頃、頻繁に彼と目が合うようになった。それは、私が彼を見つめているからなのかもしれないけれど。

 彼は私と目が合うたびに「おはよう」「元気?」と必ず何か一言話しかけてくれる。そんなたった一言がとても嬉しくて、彼が同じクラスにいてくれたから、悪夢のような妄想と戦い、孤立して居場所のない教室に、毎日通うことができたのだと思う。

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