8.着衣を愛せ
ルクスさんは林檎を全部平らげてから、ドラゴンの姿へと戻った。
服はない。出現した時と同様にどこかへと消えてしまった。
まじまじと見ているとこちらへと両腕が伸びてくる。もう部屋に帰るようだ。
彼を抱き上げてから木製のカップを渡す。それを落とさないように大事に両手で包み込むと、ルクスさんは大きく頷いた。
「では私達はこれで失礼します」
「次来るときは手土産を忘れるでないぞ」
去り際にサルガス王子にかけた言葉は、ルクスさんなりの『また来い』なのだろう。
彼がサルガス王子に何を期待していたのかは謎だが、期待外れからは脱せたようだ。
ドアを閉じる直前、王子の頬には一筋の涙が伝っていた。
その意味を確かめる術を今の私は有していない。
「でもまぁ知らなくていっか」
「何がだ?」
「なんでもないです」
サルガス王子は第一部の攻略者で、学園入学後も接点はあまりない。
今回がイレギュラーだっただけ。
王都からはかなりの距離があるし、彼が再びシルヴェスターを訪れるようなことはないだろう。
サクッと忘れてしまおう。
そんなことよりも大事なことがある。
部屋に戻り、バッグからタルトを出してから超重要事項について切り出した。
「ところであの格好はなんですか?」
「ああ、人型のことか。不便だったからな。今回ばかりは許せ」
「人型なのはどうでもいいです。それよりあの時の服、幻影ですか?」
「ん?」
サルガス王子よりもルクスさんの服だ。
膝上のパンツも、なんだか無駄にヒラヒラとしているシャツも似合っている。
少し動きづらそうだが、THE いいところのおぼっちゃまという感じでルクスさんの雰囲気にもピッタリ。
だがその服は本物なのか幻影なのかーーここが重要だ。
幻影とはまやかし。つまりは全裸である。
「それともどこかに収納していたのを身につけている感じですか?」
「……それは大事なことか?」
「大事ですよ! 着衣か全裸かじゃ全然違います!」
あの姿が全裸だとすれば私は全裸の人間の隣の席で林檎をもしゃもしゃ食べていたことになるし、前世ぶりのお茶を楽しんでいたことになる。
隣に全裸が座っているのに、だ。
それは大人三人と王子も同じこと。
真面目な話をしている時に一人だけ全裸で、誰もそのことに突っ込まないなんてカオスすぎる。
王子の涙が瞬時に記憶から吹き飛ぶくらいには異常事態だ。
「ドラゴンは服など着ない」
ルクスさんは堂々と胸を張りながら私のカップに手を伸ばす。
中身はルクスさんと同じくロイヤルミルクティー。
ロイヤルミルクティーが来るまで、と宣言していたこともあり、私の分は部屋に置いておいてくれたらしい。
だがこれは私の分であって、ルクスさんのお代わりではない。
ドラゴンに戻った手をペシリと叩き落とす。
「これは私の分だからダメです」
「なぜだ! ちゃんと答えてやっただろう」
「だからルクスさんの分は運んできてもらったじゃないですか! ってもう飲み終わっちゃったんですか!?」
「とても美味かった。風呂の前に感想を伝えにゆかねばな」
「気に入ったようで何よりですが、私の分はあげません」
「むう」
「それより今は服ですよ、服」
カップと一緒にタルトも死守しながら話を戻す。
「ドラゴンの姿の時は着なくていいんです。ドラゴン族が生きていく上で服という存在を不要だと判断した結果なんですから、そこへ口出しはしません。でも人間は必要だと判断し、衣服を身につける道を歩んできたので人の姿の時は服を着てください」
「この姿になっても我がドラゴンという事実は変わらないぞ」
「中身がドラゴンだろうとなんだろうと、ルクスさんがその姿を全裸だと認めたら、私の隣には人型の全裸が座っていたことになります。全裸は良くないです。さぁ一緒に服を着よう! ストップ全裸! 着衣を愛せ!」
拳を天井に突き上げ、着衣の素晴らしさを伝える。
「意味がわからん」
「とにかく今後はちゃんと服を着てください!」
「ウェスパルはこのままの姿がいいのではなかったのか?」
「へ? 邪神として復活しなければ見た目はわりとどうでも……」
前世では一通りサブカルチャーを履修してきた。
その中には人ならざるものが人の形になるという展開はまぁまぁよくあった。
サブカルチャーに限らず、神話や昔話でも目にしてきたのでこの手の展開に抵抗も衝撃もない。
ああ、ルクスさんって人型になれるタイプだったんだ〜程度である。
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