二章

1.シルヴェスター領は今日も平和

「悪役令嬢にも成長チート搭載してくれてありがとう!!」


ひたすらハンカチに水を吸わせ、水で濡れた地面を戻す練習を始めて早十日。


その間にハンカチからタオル、さらに新品の雑巾とランクアップしていった。


地面を濡らす水も減り、土魔法の上達もストップかと思えばそんなことはない。


直接地面に水をかけては模様を描いたり、地面におうとつを作ってみたりもした。


適当な場所で乾かしていたハンカチも今や風魔法で乾かせるようになり、三属性をあっという間に習得してしまった。


四日前から始めた火と電気の魔法も順調である。


顔の前で小さな球体をいくつも作り、ルクスさんがいいと言うまでひたすら保ち続けるという特訓だ。


やはり地味だが、だんだん小さい球の数を増やしていくので微調整が苦手な私にはピッタリ。

さすがにまだ会話しながら保ち続けるなんてことは出来ないけれど、確実に上手くなっている自信はある。



いくらゲーム世界とはいえ、成長チートがついているのは大抵主人公のみ。


限られた期間の中でいろいろとクリアしていかなければならない問題があるので仕方ないことといえよう。シナリオの長さにも限りがあるし。


だがそのシステムがまさか敵役にも搭載されていたなんて驚きだ。


この力を使ってヒロインの恋路を妨害しろってことなのかもしれないけれど、妨害するかしないかは六年後に決める!


それまではチートをバリバリ利用させていただこうではないか。



上機嫌で雑巾を乾かしていると、腕をゲジゲジと蹴られる。


「ちーとなんてよくわからんものに感謝するな! 全ては我の指導がいいからだ。我のおかげ。我がいたからこその成果だ! 褒め称えよ」


確かに成長チートが機能したのはルクスさんのおかげである。


彼がいなければ魔法の才能は燻ったままで、頑張れば伸びるタイプであることも知らぬまま過ごすところだった。


風を送る手を止め、不満気な彼に手を伸ばす。身体をガシリと掴み、天へと持ち上げる。


「さすがドラゴン! ファンタジー界のてっぺんをすべしお方! ドラゴンいちツルツルの鱗の持ち主! 漆黒のボディとお芋のコントラストがたまらない!」

「そうだろうそうだろう」


ちなみにこの高い高いと褒め言葉のコンビは最近のルクスさんのお気に入りである。一回したら気に入ったらしい。

私がくるくる回るとなおよし。


どうやらルクスさんは褒められたり頼られたりするのが好きなようだ。彼も最近よく褒めてくれる。


私も褒められると伸びるタイプなので、教え方以外の面でも相性が良い。

これも短期間で成長した要因の一つだろう。



「ところで今日のおやつはなんだ?」

「スイートポテトです。今お茶の準備するので、手を洗って待っててくださいね」

「うむ」


そう告げながらバケツを水で満たしていく。元々は火魔法の練習中に水を溜めておくために用意したのだが、操作が上手くなった今ではすっかり手洗いバケツと化している。


手洗い用に石鹸も小さくカットしてきた。

ルクスさんは私のバッグから石鹸を一欠片取り出すとバケツの中で手をしっかりと洗う。


もちろんハンカチで手を拭くのも忘れない。

手洗いが済んだら定位置の石に腰掛け、まだかまだかとおやつを待つ。


「お茶熱いから気をつけてくださいね」

「うむ。それにしてもたった二週間で本当に上手くなったよな」

「本当にルクスさんのおかげです。もう実践でも使えますかね?」

「問題ないと言ってやりたいが、お前の場合は魔物を倒すよりも周りに被害を出さずに戦うことの方が難しそうだからな。正直、実際に見てみないと分からん」


少し前の私なら火柱を立ててファイヤー! と唱えたり、大きな雷を落として一掃していたことだろう。


だが今は見えている物体が小さくとも威力を出すことは出来ると知ったし、イメージ力も向上した。


今なら周りを焼け野原にはしない……はずだ。


「今なら電気を針状にしてプスッと刺すとかもいけそうな気がします!」

「針状か」

「首とか皮膚の薄いところとか狙って大きな電流を流すんです」

「……それ、魔物以外に刺すなよ? お前の魔力量で人間相手なんかにそれやったら洒落にならんからな?」


真顔でそんなこと聞いてくるなんて、ルクスさんの発想が怖すぎる。


「まさかドラゴン族ってそういうことしたりするんですか?」

「するか!」

「私だってしませんよ!」


怒り出すルクスさんだが、怒りたいのは私である。


ルクスさんは私をなんだと思っているのだろう。『攻撃魔法は人に向けて打ってはいけない』なんて一番初めに習うことだ。


確かに第一部の悪役令嬢は取り巻きに命じてヒロインを攻撃していた。いくら傷がつかない程度に調整していたとしても危険なことなので真似してはいけない。


同じ悪役令嬢とはいえ、やって良いことと悪いことの判別くらいはついているのだ。


素早く手を洗い、パッパと軽く水気を払う。


容器からスイートポテトを取り出し、両手に一つずつ乗せる。

そしてルクスさんを無視しながらもしゃもしゃと食べ進めていく。


「我のは」

「怖いこと言うドラゴンにはおやつなし! 夕飯まで待ってください」

「……すまぬ。言いすぎた。我が悪かった」

「はい。じゃあルクスさんもどうぞ」


謝ってくれたからもうおしまい!


容器から彼の分を取り出して渡す。


するとルクスさんは自分の手の中にある小さなスイートポテトと、私の手の中にある合体させたスイートポテトを見比べて悲しそうに俯いた。


「一個……」

「大丈夫、ちゃんともう一個取ってありますって。食べ終わったら渡すのでゆっくり食べてください」

「それなら安心だな」


ルクスさんは満足気に頷くと上機嫌でスイートポテトを頬張り始めた。


シルヴェスター領は今日も『超』がつくほど平和である。

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