20.第一目標

「何かに利用しようと思ったのだろう」

「木を故意に傷つけてはいけないってルールがあるから伐採できないんです。だから木材にもならない。落ちた葉っぱや枝が焚き火に使えるくらいです」


 傷つけてはいけないルールが適応されるのは人間のみ。小型の魔物や自然によって木に傷がついてもおかしくはない。


 同じ種類の木とはいえ、植えた時期は違う。植える位置によって日の当たり方も違う。


 けれど高さや枝の生える方向、葉の数もだいたい同じくらいに見える。幹の部分も綺麗なものだ。


 まるで何かの力が働いているかのよう。


 封印されたルクスさんから神の力が流れ出していた?


 でもそうなら効力を発揮するのが木に限定しているのはおかしな話である。


 森の中だって土地は枯れているし、作物は育たない。木だけが育っている。


「緑が欲しかったんじゃないか? ここは森がないと殺風景だろう」

「それなら人がなくなったら増やすなんて変な条件つけずに好きな時に増やせばいいじゃないですか」

「ならば我を隠すためなのだろう。封印されているとはいえ元神。あまりにあからさまに増やすことはできないとルールを設けた。木が枯れないのはこの地に適応した特別な木を用意したからーーこれでどうだ」

「んー、それが一番『らしい』答えですかね」


 死者を壁にして生きていると考えると気分が良いものではない。


 だけど前世でも昔、人柱なるものがあったらしい。


 生き埋めにされる人柱とは違い、ここでは木は亡くなってから植えるし、骨はちゃんと墓地で眠っている。


 あくまで別物。

 だが何かを祈願して神に人を捧げているという点では同じだ。


 それにこの森の存在が大切なのも事実。

 領内に封印されているとはいえ、森に近寄りさえしなければルシファーの存在を強く感じることもない。


 でも本当にそれだけだろうか?


 そんな特別な木があるのなら森の近く以外にも植えて、そこから木材をゲットしようとかは考えなかったのか。


 栄養面で増えすぎたらいけないっていうのなら、なぜ植えた木を伐採してはいけないのか。


 考えれば考えるほど謎は深まるばかりである。


「そこまで深く考えるようなことでもないだろう。甘藷のみが育つように、特定の何かが育ってもおかしくはない」

「まぁそう言っちゃえばそうですけど……。ルクスさんは気にならないんですか?」

「木なんぞ興味ないな。それより魔法だ、魔法。一刻も早く習得しろ」


 ルクスさんは木より芋、か。

 さすがは芋好き。興味ないと言いながら途中まで思考に付き合ってくれただけ優しさを感じる。


 芋が育つ理由も謎だけど、元々がゲームの世界。


 木は景観のためで、芋は悪役令嬢の住む領に作物が育たないのは……と調整した結果なのかな?


「習得が一日遅れたせいで芋が腐ったなんてことになったら大変だからな」

「腐る前にちゃんと食べますって〜」

「多めに食べたらその次の分がなくなるだろう!」


 まだまだ考えたりないが、これ以上木について考えているとお説教が始まりそうである。


 それに何でもかんでも何故何故考えていても疲れてしまう。


 ちょうど洞窟前に到着したし、『木は洞窟を隠すために植えられている』という答えでひとまず終わりにしておくか。


 あたりを見渡し、ちょうどいい大きさの石の上にルクスさんを下ろす。


「木より芋でしたね。それで魔法の練習って何するんですか?」

「初めは威力調整がメインだな。さっきバッグにハンカチを入れていただろう。まずはそれを使って練習する」

「ハンカチ?」

「端から徐々に濡らしていくことを心がけろ。まぁやってみることだな」

「はぁ……」


 よく分からないが、とりあえずバッグからハンカチを一枚取り出す。


 そしてルクスさんの指示に従って四隅の一つをちょこんと摘んで、指先から魔法を送っていく。


 ゆっくりゆっくりと。

 ルクスさん曰く、遅ければ遅いほどいいらしい。


 ハンカチは水を吸い込み重くなっていくが、手放しても、他の指を支えにしてもいけない。


 ましてや威力を強めるなどもってのほか。



 簡単そうに見えた練習だが、意外と難しい。

 この練習なら部屋でもできたんじゃ……なんて意識を逸らした時だった。


「あ」

 指先からボトンとハンカチが落ちたタイミングで抑えが効かなくなり、大量の水が放出された。


 高圧洗浄機かと突っ込みたくなるほどの勢いはなかなか止まらない。


 収まった頃にはあたりが水浸しになっていた。地面も若干へこんでいる。


 ルクスさんはそのへこんだ場所に飛んでいき、あたりの状況を把握しながらコクコクと頷いた。


「おおかた予想通りだな」

「こうなるって分かってたんですか?」


 濡れたハンカチを絞ってから適当な石の上に広げる。帰るまでに乾くといいのだが……。


「ああ。次はそのへこんだ土を戻せ」

「でもびちゃびちゃですよ? 乾いた土でも扱うの大変なのに濡れたところなんて」

「何事も練習だ。それに水魔法を練習するたびにこうなるのだから早く慣れた方がいいだろう」

「これが慣れたらハンカチを乾かせるようにもなれよ」


 途中、丸干し芋をかじったり、一服を挟みながら、土魔法を使っていく。


 範囲が広いだけに使う魔力も先ほどよりずっと多い。


 少し気を抜けば一部だけぼっこりとへこんだり、かと思えばでっぱったり。ぼこぼこと波打ってしまったりもする。



「は〜疲れた〜」

 四苦八苦しながら地面を元の状態に戻せた頃には日が暮れ始めていた。


「帰るか」

 乾くか心配だったハンカチも、びしょ濡れから湿気ているレベルになっている。だがまだバッグには戻せない。


 ルクスさんに持ってもらい、私は彼を抱えて森を歩く。


 使ったハンカチをバッグにしまえるようになるのが第一目標。


 思ったよりも初めのハードルが高い。

 こんなんじゃドライヤーなんてまだまだ。その先の錬金術にはほど遠い。


 けれど諦めようと思わないのは一人ではないから。


 私の腕の中でプリンプリンと浮かれるルクスさんなら、どんなに覚えが悪くとも最後まで見放さないでくれるだろう。

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