14.パートナー

「昨晩、今回の件について陛下と話し合い、ルシファー、あなたにはここで生活してもらうことになった。だがあなたがここで暮らすことで怯える者も多いだろう。そこであなたにはミニドラゴンとして娘とパートナー契約を結んでほしい。もちろん名前も変えて」


 お父様はそう告げると胸元から契約書とペンを取り出した。


 パートナー契約とは、人間と他種族との間で結ぶ契約の一つである。

 使役契約・召喚契約に比べて、パートナー契約は相手の自由度が高い。契約時に拒むことが出来るだけではなく、解除も可能である。


 パートナー契約中は互いに危害を加えることはできないという制約があるが、言い換えれば解除すれば危害を加えることができる。


 パートナー契約は最も相手との信頼が試される危険度の高い契約と言える。

 初めから結ぶことはめったになく、召喚契約を何年か続けた後に切り替えることが多いと教本に書かれていた。


 ちなみに契約の方法は複数あるが他者に伝わることはない。

 どの方法で契約しても申請カードには『契約者』と記載される。



「なるほど。まぁ妥当なところだな。我は構わぬぞ」

「私も構いませんが、種族のごまかしなんて出来ないんじゃ……」

「我の力をもってすれば下等種を名乗ることなど容易い。だがミニドラゴンとして契約するにも対価が必要だ。ましてやパートナー契約ともなればなおのこと。娘の魂でも捧げるか?」

「それは……」


 ドラゴンさんは黒い笑みを浮かべる。

 けれど契約はオッケーで、種族のごまかしも出来るとなれば悩むことはない。


 お腹も減ってるし、素直に頷くのもなんだからと、意地悪をしてみただけだろう。


「対価は三食おやつ・宿付き、っと。ドラゴンさん、名前はなにがいいですかね?」

「ウェスパル、なにを勝手に!」


 ドラゴンさんの意地悪をまともに受け止めていたお父様は真っ青な顔をしている。


 だがドラゴンさんは「なんだ、つまらん」と小さく息を吐くだけ。

 怒ってなどいない。


「ちゃっちゃと決めてご飯食べましょう」

「こだわりなどない。お前の好きに決めるがいい」

「そうですか? ルシファーって確か明けの明星以外にも光をもたらす者って意味があったはずだから……『ルクス』なんてどうでしょう?」

「それでいい」

「じゃあ『ルクス』さんということで。私の方も書いてーーっと、出来た。早速契約しましょうか」


 ペンを走らせてサクサクと空欄を埋めていく。

 無言でお父様が差し出してくれたナイフで指の腹を切り、血判を押す。


「ドラゴンさんも」

「ルクス、だろ」

「そうでしたね。ルクスさんもどうぞ」


 ドラゴンさん改めルクスさんも私の血判に重ねて血を塗ると、契約書がぼんやりと白く光った。契約完了だ。


「あ、種族名がちゃんとミニドラゴンになってる」

「当然だ。それより食事はまだか」

「もうちょっと待ってくださいよ」

「……王都で一体何があったんだ」


 頭を抱えながらブツブツと呟くお父様を横目に、私達は昼食を済ませた。

 芋スペシャルに牛乳まで付いて、ルクスさんもご満悦であった。



「お嬢様」

 部屋に帰る途中、遠くから使用人に声をかけられた。


 柱二本分以上離れている。

 こちらから近づけば、あちらが遠ざかる。これより距離を詰めるつもりはないらしい。


「マーシャル王子からのお手紙が来ております。お嬢様のお部屋にお持ち致しましたので、後ほどご確認ください」

「ありがとう」

「そ、それでは失礼いたします」


 ビクビクと震えながら去っていく姿に、書き終わった手紙も手渡しは難しそうだと判断する。


 本気で怖がっているのに無理させるのも可哀想だ。

 部屋の外に箱でも置いておくべきか。後でお父様に相談しようと脳内メモに書き込んでおく。



「王子と手紙を交わす仲なのか?」

「婚約者なんです。といっても昨日話した未来が本当なら、二割ほどの確率で婚約は解消されますけど」

「興味がないのだな」

「政略結婚なんて多分どこも似たようなものですよ。さて早くお返事書かないと」

「政略結婚、か」


 ルクスさんはマーシャル王子に興味を持ったようで、部屋に戻るとすぐに手紙の内容を知りたがった。


 だが視線を進めるごとに興味が薄らいでいった。


「いつもこんななのか」

「そうですよ」

 私が王都を発った翌日に出された手紙はいつもの定型文に加え、私を気遣う文面が並んでいた。


 予想通りの内容で、特別気に留める点はない。

 私も似たような文で返すだけだ。


「今までの手紙も一応取ってありますけど、気になるなら見ます?」

「いい」

「そうですか?」

「それより棚の本を取ってくれ」


 毛皮の上に教本を並べれば、一番左に置いた本をペラペラとめくり始めた。

 マーシャル王子と手紙には全く関心が残っていないらしい。


 私も手紙の返信なんかに時間を取られていないで、王都に行っていた間に遅れた分、勉強しないと……。


 引き出しに入れた便せんを数枚取り出して、慣れた文章を並べるのだった。

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