7.蒸かしイモには牛乳が合う
「ドラゴンさん、調理前の芋をいくつかあげるので帰ってください」
「断る。我はあの美味い芋が食べたいのだ!」
「でも下にはどんな相手がいるか分かりませんし、蒸かし芋なら他の人間だって作れます。わざわざ芋を食べるために残ったっていいことなんて」
「お前は大切なことを忘れていないか?」
「大切なこと?」
「神格を剥奪され、長きに渡り封印されていたとはいえ、我はドラゴンの頂点であるぞ。多少力が衰えたところで人間なんぞに遅れを取るほど弱くはないわ」
「それはつまり手伝ってくれると?」
「終わったら大量の芋を用意しろ。風呂は熱めだからな」
さすがに眠っている間にドラゴンの頂点は入れ替わっていることだろう。それでもフンフンと鼻を鳴らしながら協力しようとしてくれることが嬉しかった。
何かあったら彼だけでも逃がそう。
未来の邪神を野放しにしたら大目玉どころでは済まないだろうが、本当に悪い神ならわざわざ今日出会った人間に手なんか貸さない。脅してさっさと蒸かし芋を作らせて逃げる。
「牛乳もつけましょうか」
「酒がいい」
「蒸かし芋には牛乳が合うんですよ」
「なら早く確かめてやらんとな」
今日が厄日だと思ったことを訂正しよう。
私の運はこの芋好きドラゴンに出会った時点で大半を使い果たしてしまったのだろう。
それでも端っこの方に残っているカスを掻き集めて、物置に隠してある剣を握る。
ドラゴンさんはパタパタと自分の力で飛びながら、下へと続く階段へと向かう。
深呼吸をしてから私も遅れて彼に続き、ゆっくりと段差を降りた。
地下は基本的に物置として使われている。仕事関係のものが多いので、私が普段立ち入ることはない。
生まれてから十年住んでいる私よりも今日初めて屋敷に来たドラゴンさんの方がスイスイと進んでいく。
「奥だな。ドアを破壊するか?」
「中にいるのが敵だった場合、出口が広がるとこちらが不利になるので破壊するにしても最小限で……」
小声で作戦を考える。
「ならいっそ壁を破壊してあちらから開けさせるか」
「破壊したら、すぐ物陰に隠れて……」
一人と一体で破壊場所と隠れ場所を相談し、ドラゴンさんがスウッと息を吸い込んだ時だった。
ドアが薄く開き、わずかな隙間が出来た。
ドラゴンさんも気づいたようだ。小さくコイコイっと手を動かせば、攻撃を中断し、こちらへと戻ってくる。優秀すぎる。
影に隠れ、あちらの動きを待つ。あちらもしばらく様子を窺っているようだ。
下手に急いてしまえば、圧倒的に不利になる。ここはひたすら待つのみである。
先に動いたのはあちらだった。
隙間がわずかに広がり、見慣れたこげ茶の髪が覗く。
「ウェスパル、なの?」
「お母様?」
そう呟けば、ドアは一気に開いた。
どうやら中にいるのは味方であったようだ。ホッと胸を撫で下ろし、ドアへと駆け寄る。
「ウェスパルなのね! 無事でよかった。今開けるわ」
「一体何があったのですか?」
「少し前に邪神の封印が解けたの。もうずっと前から力が弱まっていて、いつ解けてもおかしくはなかったけれど、封印を施すことが出来る光魔法の使い手は長らく現れていなくて。今、旦那様たちがあなたの捜さ……」
どうやらこの事態は私が引き起こしたものだったらしい。
でもいつ解けてもおかしくなかったとはいえ、決定打を打ったのは私だ。
お父様に怒られるのが怖いとか言っている場合ではなかった。
バレたら多分怒られるどころでは済まないだろう。
罪悪感はあるが、何としても隠し通さねばなるまい。
そのためにもドラゴンさんには芋マシマシで口塞ぎを……。
「お母様?」
変なところで言葉を区切った母の顔を見れば、小さくカタカタと震えている。
「ウェスパル、それ……」
視点は私の右肩に注がれている。先ほどまでパタパタと飛んでいたドラゴンさんだが、疲れたらしい。
私の肩に顎を乗せて、抱っこしろと要請している。
気を使ってくれたのだろうか。
「こちら、森で知り合ったドラゴンさんです。お芋を分けたらもっと食べたいというので連れてきました」
母にそう告げながら、彼の頭を軽くポンポンと叩く。するとふよふよと飛んで、私の腕の中にすっぽりと納まった。
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