6.芋食べてる場合じゃない......かも
起きたばかりで力が出ないと言う彼を胸の前で抱えて屋敷に向かう。
その道中で『あれは風で切れたことにしましょう!』と告げれば、彼は可哀想なものを見るかのような目で私を見上げてくる。
けれど文句は言わず「芋のためだ」と口裏を合わせてくれることとなった。
「ただいま帰りました〜」
屋敷に到着する頃には空はすっかりと暗くなっていた。
なにせ帰ってきて記憶を取り戻し、それからすぐに洞窟に向かったのだ。
思い返すとなかなか慌ただしい一日だったと思う。
感情の緩急も激しかったし。そう思うとドッと疲れが押し寄せる。
ドラゴンさんに芋あげたらご飯食べてお風呂入って早く寝ようと心に決める。
先にお風呂沸かしといてもらおうかな?
そんなことを考えるが、なぜかいつもはすぐ来てくれるはずの出迎えがない。
このまま玄関を通り過ぎてもいいのだが、出来れば先にドラゴンさんの手足だけでも拭いてしまいたい。
彼が具体的にどのくらい封印されていたのか分からないが、かなり汚れてしまっている。
当然、水浴びなんかも長い間してきていないのだろう。
黒いのであまり汚れが目立たないが、ウロコの間もブラシでこすれば結構汚れが取れそうだし……。
じいっとドラゴンさんを凝視すれば「芋はまだか?」と不満げな声を上げた。
「んー、仕方ない。芋と一緒に用意してもらうか」
「何を用意するのだ?」
「水桶とタオルです。手足ちゃんと拭かないと。後でお風呂も入りましょ。洗ってあげます」
「お前、やっぱり面白い奴だな」
「だって手洗いうがいは大事ですし。そういえばドラゴンってうがいするんですか?」
人間だと一回ガラガラするのにコップ半分から一杯くらい使うけど、ドラゴンはその何百倍の量を使用するのだろう。
ガラガラしたら大量の水がなくなり、ペッのタイミングで大量の水が降り注ぐ。
そんな姿を想像してクスッと笑いがこみ上げた。
実際遭遇したら笑い事じゃ済まないんだろうけど。
そもそもドラゴンって真上向けるのかな?
アニメやマンガだとたまに空に向かってブレスを発射するシーンとかあるけど、ある程度首がないと難しそうだ。
「しないな」
「ペッてする時大変そうですもんね〜」
「そうだな」
ドラゴンさんは適当に返事をすると、首をひねってこちらを見上げた。どうやら真上を向くのは難しいようで、小首をかしげたような状態だ。非常に可愛らしい。
「ところでお前はなぜ先程から同じ場所をうろついているのだ? 早く芋を寄越さぬか」
「私もそうしたいのは山々なんですが、使用人がいないんですよ。大晦日の準備の時だってみんな出払うなんてことはないのに……」
そう、私も何も理由もなくウロウロとしている訳ではない。
手洗いだのうがいだのと考えている最中もちゃんと使用人を探していたのだ。
だが一階のどこにもいない。場所を変えながら耳をすませても、人の声どころか物音一つしない。
前世ならともかく、今の私はかなり耳がいい。
シルヴェスター領の人間は頻繁に狩りに行くので視力と聴力が優れているのである。
なのに、全く聞こえない。
これはかなりの異常事態なのではなかろうか。お風呂がどうのこうのと言っている暇はないかもしれない。
こんな時どんな対応を取るべきかは幼少期にしっかり叩き込まれている。
お母様の言葉を思い出しながら、一つ一つ可能性を模索していく。
「部屋に向かって書き置きを探すべき? いや侵入者に知能があった場合、真っ先に待ち伏せ場所に選ばれる。だからといって相手が魔物なら玄関にメッセージを残しておけばすむはず。ううん、そもそも魔物なら帰り道で誰とも遭遇していないのがおかしいんだ。火だって焚かれているはず……」
なぜ誰もいないのか。
ゲームシナリオ通りなら、ウェスパルの両親は生きているはず。だが使用人が一人もいないことを考えると……。
右手でボリボリと頭を掻きむしれば「手を離すな。危ないだろ」と冷静な声が届く。
「すみません。でも悠長に芋食べてる場合じゃないかもです」
「なんだと!?」
「先に人を探さないと……」
「誰でもいいならこの下に何人かいるぞ」
「へ?」
「先ほどから微弱ではあるが魔力を感じる。こちらの居場所も相手に知られてるだろうな」
なぜもっと早く言ってくれないのか、と文句が口元まで迫り上がる。
けれど彼に罪はない。なにせただ芋を食べに来ただけなのだから。
下にいるのが味方ならそれでいい。
だが敵なら……。
幼い頃から戦闘を仕込まれているとはいえ、それはあくまで対魔物戦でのこと。人間相手に戦ったことはない。
それもシルヴェスターの人間が手こずる相手ともなれば、戦う前から勝敗は見えている。
今日は厄日か。
悪いことというのは続くものである。
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