卒業写真

平川はっか

卒業写真

 明日は卒業写真の撮影日だというのに、山田君は世間より一足早いインフルエンザでおとといから欠席している。個人写真はあとからどうにでもなるとして、問題はクラスの集合写真だ。山田はどうなるんすか、と聞いた男子に先生は「どうにかして載せる」と言った。よく集合写真の端っこに丸く切り抜かれた人がいるが、山田君もあれになるそうだ。

「まじでこういうとこ山田ってかんじ」

「本人的にはおいしいんじゃね」

 山田君と仲の良い男子たちが笑っていた。

 

 翌日、わたしはお腹が痛いと学校を休んだ。高校は無遅刻、無欠席で通したかったのに。さよなら皆勤賞。友達に「ごめん休む」とメールしたついでにさりげなく聞き出すと、今日の欠席者はわたしと山田君の二人だけだそうだ。

 一週間して登校してきた山田君は「山田、インフルから無事生還しました!」と騒ぎさっそく先生から注意されていた。

 放課後、写真撮影を休んだほかのクラスの人といっしょに、多目的室に集められた。アルバムの個人写真を撮るためだ。当然だけど山田君もいた。いつもだらしなく開けているシャツのボタンを締め、ネクタイをきちんと巻いている姿は新鮮だった。わたしに気づいた山田君は右手をあげ「よっ」と近寄ってきた。

「相川もこないだ休みだったんだ」

「あっ、うん」

「ねえこれ、ネクタイ曲がってない?」

「だいじょうぶだよ」

 衝立の向こうから、次の人どうぞと声がかかる。

「じゃあ」と言うと、山田君が「いってらー」と手を振ったので、わたしも真似して右手を小さく振った。

イスに座るとすぐに「はーい、じゃ、笑ってー」とバシャバシャ写真を撮られた。カメラマンは仕上がりをチェックした後、「今度はこっちで撮るよ」と別のカメラを構えた。

「リラックスしてね」とカメラマンに微笑まれたが、こっちはそれどころじゃなかった。

山田君と初めてしゃべったのだ。初めて名前を呼ばれた。手を振ってくれた。顔が赤くなっていないだろうか。目が潤んでいないだろうか。体の内側がぐらぐらと沸騰して、今にもこの教室を飛び出して「わあああ!」と叫んで転げまわりたいくらい、気持ちが高ぶっていた。

交わした会話は他愛のないもので、時間にしたらほんの一瞬だったけれど、わたしには永遠に思えた。


 卒業式から一か月経ち、ようやく手元に卒業アルバムが届いた。

 はやる気持ちを抑え、三年二組のページを開く。担任の先生、クラスメイトの顔写真。こっちはあとで見よう。視線を走らせ、右側のページにある集合写真を見る。校庭に整列したパイプ椅子に座る二組のみんな。そして、右上には丸く切り抜かれた山田君とわたし。

 よかった、うまくいった。

 ほっと息をつく。大丈夫だとは思っていたけれど、実際に目にするまではやっぱり不安だった。

 学校はなんでも出席番号順に並べたがる。集会、朝礼、試験の席順。卒業写真だってそうだ。相川と山田では、絶対に近くになれないから、最後くらい隣に並んでみたかったのだ。ずる休みをしてでも。そしてわたしは皆勤賞と引き換えに、山田君の隣のポジションを得ることに成功した。

 だけどなあ。

 改めて写真に目を落とす。

 写真の中のわたしは、こちらをにらむように見ている。その隣にはいつになく真面目な顔つきの山田君。

 なんて顔してんだ、と思わず笑いが漏れた。それから、山田君としゃべったのはあの写真撮影のときの一度きりで、あんなに近くにいたんだから勇気を出してもっと話しかければよかった、とちょっとだけ泣いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

卒業写真 平川はっか @1ch-bs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ