「忍法朧蝶(おぼろちょう)」如月左近忍法帖①

コーシロー

一、

元和八年(1622年)三月深更、中山道を行く、黒い人影があった。

走っている訳ではないが、かなりの速度だ。

常人の歩きではない。

明らかに鍛えられている。


男であった。

真夜中だと言うのに深編笠で顔を隠し、黒い小袖に黒い裁着袴たっつけばかまと、全身黒ずくめである。


この時代のこの時刻、出歩く者など、まずいない。

電灯などないので、頼るは月明かりのみである。

この夜は、半月に近かったが、男にはそれで十分なようであった。


(もうすぐ、蕨の宿か。江戸も、間もなくだな)


男の名は、如月左近きさらぎさこん

公儀隠密である。

ある密命を受けての、帰り道であった。


昼間は結構な往来の中山道も、今は人っ子一人いない・・・はずだったが。


左近は、静かに足を止めた。

と、前方の雑木林の陰から、バラバラと黒い影が飛び出して来た。


全員、左近と同じような、黒ずくめであった。ただし、深編笠は被っておらず、目の部分のみを開けた、黒頭巾を着用している。


「何用か!」

左近がただした。

黒装束の集団、十人は居ようか、無言のまま、バラバラと腰の刀を抜いた。


左近はフッと笑って、

「宇都宮藩の方々かな?」

そう言って、左右に目を配った。

臆する様子は、微塵もない。


(十一・・いや、十二名か)


左近は瞬時に人数を確認して、すぐさまダッとばかりに後方へ走り出した。


「待てっ!」

のがすか!」

ちょっと虚を突かれたのか、初めて黒装束の男たちが声を発し、左近の後を追う。


左近は、街道脇の、松や杉の古木に囲まれた、広場のような場所に駆け込むと、敵の方へ振り向いた。

そして、スラリと抜刀すると、正眼せいがんに構えた。


「さて・・お相手いたそう」


一対十二、いったい、どう闘うのか?


十三の白刃が、月明かりにきらめいていた。




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