しろわん別倉庫

しろた

第15回作品

テーマ『高慢ちきな低気圧』


 敵や味方の返り血まみれの千手様と、ほんの少し砂で汚れただけの俺たちの『三人』で廊下を歩く。きっと千手様は自室へ戻るのだろう。俺たちはというと、早く博士のもとに帰るぞー、なんてウキウキしながら博士のもとへ向かう。すると「ケルベロスー!」と無機質な廊下の最奥で俺たちを呼ぶ声がした。


 「博士!」

 「お疲れ、ケルベロス!」


 少年という年齢よりも幼い博士は、その小さな体で俺たちに飛びつく。博士から突然の攻撃に、俺たちは少しよろけたけどなんとか後ろへ倒れずに済んだ。博士を傷付けるわけにはいかねーかんな!


 「んじゃ、俺たちはこれで」

 「バイバイ、被検体ナンバーゼロゼロイチ」

 「待て」


 博士を抱えたまま、俺たちは博士の部屋へ行こうとしたところ、地を這うように陰鬱な声で千手様がそう言った。千手様に逆らえるはずもない俺たちは、踏み出そうとした足をピタリと止める。


 「貴方が駄犬の作り手か」


 駄犬。千手様は俺たちのことをそう呼ぶ。何度もケルベロスだと訂正しても、一向に直してやくれない。別にいいさ、博士さえケルベロスと読んでくれるのなら、俺たちはそれで構わない。


 「そうだよ。ぼくのケルベロスなんだ」


 嬉しそうに博士が答えると、千手様が下へと長く息を吐きだして口を開いた。


「ひとつ、お願いがあります。

コイツはとんだ失敗作です、もう戦場に出すのは止めていただきたい。率直に申しますが、足手まといです」


 さすがにそれはないと思うんすよね。俺は俺に問いかければ、俺も「そうだよな」と賛同した。俺たちは博士にとって唯一の改造人間で、博士にとっての最高傑作だ。そりゃ組織に属する改造人間の中で最強の千手様と比べたらちっぽけにもほどがあるが、作り手に直接失敗作なんで言うのはどうなんだろうか。まぁ千手様に反論するなんて怖くてできないから、俺たちはキュッと口をつぐんでいる。


 「駄犬を守る私の身にもなっていただきたい」


 千手様のあきらかに苛立っている視線に、俺たちは居心地が悪くなる。上半身が二人の俺たちは、普通の改造人間のような人並外れた戦闘力はないが、改造人間なので武器も防具も支給はされない。だから敵を殺すことはおろか、身を守ることすら十分にできなかった。対して千手様はその名の通り背中に付けられたいくつもの腕で敵をなぶり殺し、味方を守る人だ。そして幸運にも俺たちは弱いからか、その保護の対象に入っていて彼の言う通り、いつも千手様に守ってもらっていた。みっともないなんて思わないさ、だって俺たちはどんな姿になったって生きていたいんだ。

 子供に対して容赦なく発言をする千手様を片方の俺は見て、もう片方の俺は博士を見る。博士は目を丸くして、首を傾げていた。


 「守らなくっていいんだよ? だってぼくのケルベロスは強いんだから」


 いくらなんでもそれだけはやめてほしい。俺たちは強くないし、守ってもらいたいんだ。


 「私の取捨選択を貴方が決めないでください」


 今にも舌打ちをしそうなほど唇を歪めて、千手様が言った。そして千手様は重たそうに言葉を続ける。


 「それに駄犬は弱い。人一人殺せないほどに、体も、精神すらも弱いのです。貴方が本当に戦争に勝ちたいと思うのなら、次回からは参加をやめてください」

 「やだ」


 博士が即答すると、ついに千手様は小さくだが舌打ちをした。今さらだがいくら俺の博士が子供とはいえ、博士だぞ。改造人間として至高の存在である千手様でも、舌打ちとはちょっと失礼すぎやしないか? 俺たちなんて『あの』精神科医の博士にすら畏まってしまうというのに、千手様は不遜だなぁとなる。そんなことを考えていると、千手様は博士と話すことを諦めたのか俺たちのほうへと視線を向けた。


 「ならば駄犬、貴様は死ぬ覚悟があるか? ないのだろう。敵兵を殺す覚悟はあるか? ないのだろう。どちらかを持ち合わせろ。持てぬのなら前線に出るな。私に並ぶな。私より、兵士より後ろに立ち死に怯えていろ。何度でも言おう、足手まといだ。貴様を守る労力で私は敵兵を何人殺せると思っている」


 無表情で、それでも怒りを交えながら千手様は俺たちに言葉を投げつける。俺たちは始めて戦線に出たときにも千手様に同じようなことを言われたのを思い出した。この人はずっとこの怒りを抱えていて、俺の出征権のある博士にこれを言いたかったのだろうと理解する。

本音は俺たちだって、出征しないで博士の隣にいたい。博士を守る番犬でいたい。でもその博士が戦場に出ろというのなら、俺たちは従うしかないんだ。どんなに弱くても、足手まといでも、誰も殺せなくても、俺たちは兵士でなければいけない。

黙ってしまった俺たちの様子に気付かずに、そして千手様の話なんてまるで聞いていないかのように無邪気に笑う博士をじとりと見た千手様は、重く、深いため息を吐いた。


 「案ずるな。お前たちがこの国の人間である限り、お前たちは私の庇護の対象だ」


 人間、その単語に俺たちは目を見開く。それは俺たちが俺たちになったとき、真っ先に捨てたものだ。俺たち改造人間をまだ人間として見てるヤツなんて、世界中探したってアンタだけだろう。少しだけ救われたのは、気のせいなんかじゃないはずだ。


 「それでは、失礼します。

 退け、駄犬」


 広い廊下なのだから俺たちを避ければいいのに、わざわざ千手様は俺たちを退かして前へと歩いていった。

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