第26話『嘲狼跋扈』
どの個体も、並みの手合いではない。
全身から放たれる、濃厚な魔力。
間違いなく、全員が
人狼の一体が大きく遠吠えすると、森の奥から人々が必死の形相で駆けてくる。
その背後を追うのは、黒い毛並みをした
「た、助けて!」
「お母さん!」
人質たちを、ルフレオから離れたところに集め、人狼の一体が空々しい拍手を鳴らす。
「御名答だぜ、ルフレオどの。おおかた、テメエの予想通りってわけだ。おめでとう!」
「ま、当たっていようといまいと、テメエの負けなんだよ、バァーカ!」
「俺たちはハナっから、テメエ一人を釣り出すつもりだったのさ! ドルアダンの冒険者ギルドで、警戒すべきなのはテメエと、セリカとかいう小娘の二人だけだからな。ここを分断して各個撃破すりゃあ、万事
「とんだ騎士道野郎だぜ! 可愛い弟子を守るために、一人決戦の地に
「かっこいいいい! 惚れちまいそうだ! 勝って帰れりゃ最高だったけどなあ!」
ひとしきりルフレオを嘲笑ったあと、人狼たちはニヤニヤしながらカフカを見下ろした。
「にしても、さっきのは傑作だったなあ。……ぐふっ!」
「『命がかかってたら、誇りがどうのなんて言っちゃいられない』……ってな!」
「「「ぎゃあはははははははは!」」」
カフカそっくりの――否、カフカそのものの声色でセリフを真似たあと、人狼たちは腹を抱えて爆笑した。
「重みが違えよな、重みが……テメエの女可愛さに、人間を裏切ったお方の言葉はよ!」
「ああ、全くもって! おっしゃる通りだぜ! 有言実行とはまさにこのことだ!」
人狼たちの嘲弄に、カフカは拳を握りしめ、苦渋の面持ちで歯を食いしばる。
「おう、そうだ! フォルター! ついでにあれやってくれよ、あれ! ちょうどいるじゃねえか、あそこに!」
「よーし、見てろよ……『アマンダ!』」
フォルターと呼ばれた人狼が、カフカの声でそう呼ぶと、一頭の
それは、見るもおぞましい醜悪な生物だった。
例えるなら、アマンダの顔の皮を剥ぎ取り、無理やりオオカミの頭部に被せたかのよう。
人狼は、噛んだ相手を自らの眷属に変える【眷属化】という魔法を持つ。
その力をもってすれば、人間だった頃の面影など、一切残さずに
つまり、彼らはわざとその
アマンダ似の
「面白えもんだよなあ。俺らの声にゃなんの反応もしねえのに、カフカの声には尻尾振って近寄ってくんだからよ。おらっ!」
「ギャン!」
フォルターに蹴りを入れられたその
だが、もう一度カフカの声で名前を呼ばれると、脚を引きずりながら、必死に近づいてきた。
げらげらげらげら!
その痛々しい光景を見て、人狼たちは悪辣な哄笑を上げ、またアマンダを蹴り飛ばそうとする。
すると、とうとう我慢できなくなったのか、カフカはアマンダをかばうようにして立ちふさがった。
「や、やめてくれよ! もういいだろ! ルフレオは連れてきたんだ! さっさとアマンダを元に戻してくれ!」
「あ? ……あー、そんな話もしてたっけな」
「でもよ……悪りい! 無理だ! いっぺん噛んだ相手はもう人間には戻せねえ!」
「そ、そんな……」
「すまねえ~~! 許してくれえ~~!」
おどけた調子でそう言うと、フォルターはカフカと瓜二つの姿に変身し、その場に土下座した。
「『頼む! この通りだ! 命だけは助けてやってくれ! 何でもするから! 頼むよ! アマンダだけは……!』 ……くっ、ぶははははは! どうよ、ラスター、シュルト! 俺の演技は!」
「ぎゃあははははは! 泣かせるねえ、名演だぜこいつは!」
「カフカさーん、今のお気持ち、お伺いしてもよろしいですかあ!? テメエの仲間殺した相手に這いつくばって、女を犬っころに変えられて!」
「おまけに同胞を裏切った挙げ句に使い捨てられるお気持ちってのをよお!」
「俺なら生きてらんねえぜ! とっくに舌噛んで死んでらあ!」
「言ってやんなって! こいつはドルアダンの人間すべてと、たかが女一人を天秤にかけて、女のほうを選んじまった本物の大馬鹿野郎なんだからよ!」
げらげらげらげら!
カフカはがっくりと地に膝をつき、血涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔でルフレオに懇願した。
「頼む……殺してくれ……もう、生きていたくない……」
「…………」
そんな彼を、ルフレオはただ黙って見下ろす。
「お前の言う通りだ……僕は、最低だ……! 穢しちまった! 僕たちの、冒険者の誇りを……! せっかく、お前に、思い出させてもらったのに……!」
爪が剥がれるほど地面を掻きむしるカフカ。
ポタポタと、涙が鼻先を伝って幾粒も滴り落ちる。
「結局、そう簡単に変わりゃしないんだよ。人間ってのは。弱いヤツは弱いまま、クズなヤツはクズなままさ……僕は、あの日からなんにも、変わっちゃいなかったんだ……」
正視に耐えないほど打ちひしがれたカフカを憐れむように、ルフレオは眉根を下げる。
だが、機先を制するようにフォルターが怒鳴った。
「おおっと! 指一本動かすんじゃねえぞ、ルフレオ! もしピクリとでも動いたら、テメエの言った通り、
「言っておくが、人質がいるのはここだけじゃねえ! ここいらの山一帯にバラバラに配置してある! 目の前の連中だけ助けりゃなんとかなると思ったら大間違いだ!」
「正直、ここまでやるこたねえとは思うが、一応な……ドレイクの野郎がやれって言うからしょうがねえ。ヒルデブラントのカスと、ドウセツのジジイがやられたくらいでビビり過ぎなんだよ、あいつは」
「妙に気に入られてたよなあ、あいつら。人間のくだらねえ剣技なんぞを身につけてるのが感心だとか言ってよ。はっ! 俺たちにゃそんなもん必要ねえ! この爪と牙がありゃ、どんな人間もゴミ同然よ!」
誇らしげに己の爪を掲げてみせる人狼たち。
だが、ルフレオは一切の反応を示さない。
ただ黙りこくったまま、何かに集中していた。
「さあて、お喋りはここまでだ。遺言くらいは聞いてやるぜ?」
「……では、一言だけ」
眼前の悪趣味なやり取りを、終始冷たい目で
「【
その瞬間、ルフレオの背後に大量の人間たちが出現した。
数にして百人以上。
身なりは皆、一般的な村人のもので、何が起こったのか分からないと言わんばかりに、辺りをキョロキョロと見渡している。
先ほどまで、
カフカと人狼たちが、驚愕に目をむいた。
「なっ……!」
「なんだ、今のは!? 魔法か!? い、いや、ありえねえ! たったの一小節で、これだけの人質を集めてくるなんざ……!」
「もしかして、空間魔法ってヤツか!?」
「そんな馬鹿な! あれが使えるのは魔王ぐらいだろ! こんな、ただの人間のおっさんに――!」
そこまで言いかけたところで、フォルターは己の目を疑うようにまばたきを繰り返し、叫んだ。
「――こ、こいつ、耳が……! エルフだ!」
「くそったれ! 混血だったのかよ、畜生!」
『
それは、混血の者が、己の身体に流れる魔族の血を活性化させる
ひとたび使えば、魔力、身体能力が劇的に強化され、その魔族固有の能力をも得ることができる。
ルフレオが持つ魔族の血脈は、エルフ。
その特徴は、魔族の中でも抜きん出た魔法力。
「……少しだけ、気を使いました。万が一にも取りこぼしがないよう、広範囲に渡って魔力反応を探知する必要がありましたから。ですが、あなたがたが下衆な見世物を演じていてくれたおかげで、じっくりと集中できた」
上部が長く尖った耳を触りながら、ルフレオは醒めた声音でつぶやく。
耳だけではなく、外見も様変わりしていた。
四十過ぎのくたびれた中年だったはずの彼は、今や二十代そこそこの美青年へと若返っていたのだ。
息苦しさすら感じるほどの濃密な魔力が、ルフレオの全身から溢れ出る。
その魔力に込められた怒りにあてられ、人狼たちは冷や汗をかきながら後ずさる。
「あ――ありえねえだろうが! この山だけで、いったいどれだけの広さがあると思ってやがる!? ましてや、その中から人間と
「そのために、こちらも『
ルフレオは集まった人質たちの周囲に結界を張ると、即座に唱えた。
「【
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