第3話『危険を冒すから』


「おお、すげえ! Bランクだってよ!」


「結構やるじゃねえか!」


「おめでとうございます! 初登録でBランクだなんて、セリカさん以来ですよ!」


「ふん。よかった。見込み違いだったら、いよいよ大恥かくところだったわ」


 結果に安心したのか、いつの間にか寄ってきていたセリカが憎まれ口を叩く。

 ルフレオはカウンターに戻ると、受付嬢に言った。


「これで、クエストは受けられるんですか?」

 

「い、いえ! このクエストは推奨Aランクですから、お二人ともBランクのパーティにはおすすめできません!」


「この討伐対象の魔族……グランドゴブリンの『孤剣こけん』ヒルデブラントとやら。一騎打ちを好み、手下を持たない変わり種だそうですね。グランドゴブリン最大の脅威である群れとしての連携を用いないのであれば、我々でもなんとかなるのでは?」


「甘く見てはいけません! ヒルデブラントには、今まで何組ものBランクパーティが敗北していて、最近Aランクに格上げになったんです! クエストに行くなら、Aランク冒険者のカフカさんの許可がないと――!」


 問答を繰り返していると、カフカが割って入った。


「そのへんにしとけよ、おっさん。若い女の子にいいとこ見せたいのは分かるけど、ぶっちゃけ見てらんないんだよね」


 ルフレオへの評価を下方修正したのか、口調は人を小馬鹿にしたようなものに戻っている。

 

「で、でもよ、カフカ。そいつ、初登録でBランクだったんだぜ」


「僕はAランクだ。このギルドで史上初のね!」


 鼻高々にそう告げるカフカ。

 続けて、彼はルフレオにこう助言する。


「てか、その子に関わるの、やめといたほうがいいよ? マジで魔王討伐まおうトーバツとか言っちゃってる、ちょっと痛い子だからさ」


「イタイ子? どういう意味ですか? 申し訳ない、若者言葉には疎くて」


「身の程知らずってこと! 二千年間、誰も倒せてない最強の魔族を、なんでたかだかBランクのガキがどうこうできるって思っちゃうのかね。そもそも、魔王討伐クエストの受注には条件がある! 

 一つ、魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダーを倒すこと。

 一つ、Aランク以上の冒険者から推薦を受けてSランクに昇格すること!

 そのどっちも、セリカなんかにはどうにもならないんだよ!

 だから、そういうのは伝説の英雄とかに任せてさ。僕らは分相応に社会貢献するのが、冒険者としての正しい生き方だと僕は思うワケ」

 

 長々と演説するカフカ。

 すると、それまで黙っていたセリカが静かに口を開く。


「でもアンタ、このAランククエスト、だいぶ前からあったのに放置してたじゃない? なんで?」


「……きな臭いから、様子見してたんだよ。討伐対象の強さとランクが見合ってないんだ。こういうクエストは――」


「怖かったんでしょ?」


「は?」


 カフカのこめかみがピクリと動いた。


「アンタ、AランクのくせにいっつもBランク以下のクエストしか受けてないじゃない。しなさいよ、分相応の社会貢献ってのを」


「だから言ってるだろ。討伐対象の詳細が分かるまで様子見してるって――」


「そういえば、噂で聞いたけど。アンタ、昔一回だけAランククエスト受けて失敗してるんだったっけ? もしかして、そのときこわーい目に遭っちゃって、おしっこちびっちゃったの?」


「――――」


 空気が変わる。

 それまでは、苛立たしげに言い訳を繰り返していたカフカが、ふっと無表情になったのだ。

 どうやら、セリカは彼の逆鱗に触れたらしい。

 

(まずい)


 しかも、頭に血が上っているのか、彼女はカフカの異変に気づいていない。

 セリカは勢いよくカフカの鼻先に指を突きつける。

 

「危『険』を『冒』すから『冒険者』なんでしょ!? 安全圏でふんぞり返ってるだけのお山の大将風情が、偉そうに講釈垂れて、痛いのはアンタの方じゃない!」


 カフカが無言でセリカに抜き打ちを仕掛けた。

 正確に言うなら、

 並みの修練では到達できない早業。

 常人では、反応することすらできないほどの自然さで、カフカは剣の柄に手をかけ、一気に引き抜こうとして――。


「今のは言い過ぎました。不肖の弟子に代わって、お詫びいたします」


 それよりも早く、ルフレオがカフカの手を抑えた。

 カフカがわずかに目を見開く。

 止められることなど、予想だにしていなかったのだろう。

 

 なぜなら、カフカの剣は、わずかたりとも刀身を鞘から見せていない。

 ルフレオが完璧におこり・・・を見切っていたからだ。

 

 周りの者からすれば、ただルフレオがまたたきの間に動き、カフカのそばに近づいた。

 そうとしか映るまい。

 

 事実、この攻防が終わってもなお、どよめき一つ上がりはしなかった。

 冒険者たちはただ能天気に、ルフレオたちのやり取りを肴に飲んでいるだけだ。

 

 カフカが本当にセリカを斬るつもりだったのか、それとも寸止めするつもりだったのかは分からない。

 恐らく後者だろうとルフレオは踏んでいたが、確証はない。

 故に、止めないわけにはいかなかった。

 

 カフカはゆっくりと一歩下がり、ルフレオから距離を取る。

 もはや、彼にルフレオを侮るような気配は微塵もない。

 

 対等か、あるいはそれ以上の敵とみなしたようだ。

 カフカは低く平坦な声で告げた。

 

「……いいぜ。お前らのクエストへの同行を認める。それで? 決着ケリはどうつける?」


「単純明快に。先に討伐対象のグランドゴブリンを倒したほうの勝利ということで」


「わかった。負けたほうは、勝ったほうに土下座で詫びを入れる。これでいいな?」


「それだけでいいんですか?」


「何が言いたい」


「勝ったほうは、負けたほうになんでも一つ命令できる――というのは?」


 カフカが眉間のシワを深くする。

 

「……これでも配慮してやってるんだぜ。負けても恥かく程度で済むようにってな。そんなに自信があるって言うんなら、もう容赦しねえ。降りるんなら今のうちだぞ」


「その言葉、そっくりお返しします。負ける喧嘩を吹っ掛けるほど、私は若くない」


 挑戦的な笑みを浮かべるルフレオに、カフカは表情を一層険しくした。


「五日でセリカを僕より強くできるって言ったな? なら、勝負開始は一週間後だ。それまで、精々鍛えておけよ。付け焼き刃だろうけどな」


「分かりました」


「セリカ。お前にはいい教訓を教えてやるよ。人生には――死んでも負けちゃいけない勝負があるってことをな」


 そう言い残し、カフカは仲間を連れてギルドを去った。


 ◆

 

 勝手に話をまとめられたセリカは、呆然としたのち、猛然とルフレオに食って掛かる。


「ちょっと! 何勝手に約束してるのよ! あたし、Aランククエストなんて受けたこともないんですけど!?」


「大丈夫ですよ。――私たちが勝ちますから」


 端的ながら、強固な自信に裏打ちされたセリフに、セリカは二の句を継げなくなる。

 先ほど、カフカが剣を抜こうとしていたことに気づいたのは、ルフレオが動いた後だった。

 つまり、彼がいなければ、自分は斬られていたということ。

 もしかしたら、この男なら本当にやるかもしれない。

 そんな期待をこめて、セリカは矛を収めることにする。

 

「あなたの成長次第ですけどね、セリカさん」


「は、はあ!? 何よそれ、結局あたし任せなわけ!?」

 

「はい。期待していますよ」


「ちょっと! もおおおお――!」


 前言撤回。やはり、こいつは何も考えていないかもしれない。

 地団駄を踏んで苛立ちをあらわにするセリカを尻目に、ルフレオは歩き始めた。

 

「行きましょう、セリカさん。さっそくお教えしたいことがあります」


「なになに? さっきの技? どうやってあんなに早く動いたの? 戦技せんぎ?」


「いえ、それよりも――」


「――もし、そなた。どこかでうたことは?」


 振り返ると、カウンターの内側に齢百を超えているだろう老人の姿があった。

 年老いてこそいるものの、上等な寝巻きを身につけていることから、高貴な身分であることがうかがえる。

 ルフレオは過去を見るように遠い目をするが、すぐに首を振る。


「……いえ、初対面かと」


「いや、そんなはずはない。確かに、儂はどこかでそなたと……」


「人違いです」


「だが……」


 セリカはため息をつくと、ルフレオの腕を肘で小突いた。


「ルフレオ。真面目に相手しなくていいわよ」


「?」


 すると、看護人と思しき女性が現れ、老人を連れて行こうとする。


「アーサー様! ダメですよ、勝手に出歩いては……!」


 老人は、女性の顔を見上げると、


「もし、そなた。どこかで会うたことは……」


「いつもお会いしているでしょう! 付き人のマーサです!」


「この感覚、間違いない。そなたと儂は前世からの縁が……」


「はいはい。お部屋に戻りましょうね~」


 付き人に連れて行かれるアーサーと呼ばれた老人を、冒険者たちは笑いながら見送っている。


「……ね?」


「……なるほど」


「若い頃は凄い冒険者だったらしいけど、今じゃただの色ボケ爺ね。歳はとりたくないもんだわ」


「まったくです」


 そして、今度こそルフレオたちはギルドを出た。


 ◆


 ルフレオたちが去ってから、しばらく後。

 

「……あれ? 先ぱーい、ちょっといいすか?」

 

「なんだ?」

 

「見てくださいよこれ。魔力測定器の針、上限ぶっちぎってます。おっかしいな。あの人が測ったときはBだったのに。こんなの見たことないすよ」

 

「……さあ。故障だろ。古いからな」

 

「そうすかねえ。最初から動かないってんならわかるんすけど、あの人が測定してからっすよ。こうなったの。絶対なんかありますって」

 

「んなもんどーでもいいだろ。明日になっても直ってなかったら、修理の手配しとけ」

 

「はーい……変だと思うんだけどなあ」

 

「あんなおっさんにSランクなんか出せるわけねーだろ。Bランクだって怪しいくらいだ。壊れてるに決まってる」

 

 

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