第31話 ヤンデレと監視とやりたいこと

あかがねー。脱サラって、どうすればいいんだ?」



 ハジメな間抜けな声で訊くと、同僚は眉間にしわを寄せた。

 不快感を全く隠そうともしていない。



「いや、俺に相談するな。あと、社食で堂々とそんな話をするなよ」

「どうせオレ達の話なんか、誰も聞いてないだろ」

「変なところで肝が据わっているよな、お前」



 同僚はササミを頬張って、プロテインで流し込んでいく。



(筋肉のために食べているんだろうな)



 ハジメはスーツの上からでも見える大胸筋を、呆れた目でみつめた。



 ちなみに彼の食べている弁当は必ず、彼女お手製のものである。

 本人曰く「彼女が作った料理以外を食べるなんて考えられない」らしい。



「俺に相談されても困るんだが。脱サラの経験なんてないぞ」

「お前じゃなくて、彼女なら知ってると思ったんだよ」

「どういう意味だ?」



 ハジメはソバを一口すすってから、再び口を開く。



「前言ってただろ、彼女は色んな職場を練り歩いてる、って」

「あー。なるほど。お前は勘違いをしているな」



 同僚はタラコ唇をプルプルと震わせて



「彼女は派遣で転々としているだけだ。脱サラとかフリーランスとは別物だ」と言った。

「そういうことかぁ」



 当てが外れたハジメは、がっくしと肩を落とす。

 その姿を見て、同僚は少しだけ厳しい顔になる。 


 

「それよりも、お前は根本的なことを見落としてるぞ」

「根本的なこと?」

「お前は脱サラして何をしたいんだ?」


(やっぱりそこだよなぁ)



 ハジメは言いづらそうにしながらも、小さく答える。



「……全然、なにも決まってない」

「やっぱりな。それじゃあ、脱サラのしようがない」

「クソ、本当に辞めてやる……! こんな会社!」


 

 ハジメは意気揚々と宣言したのだけど、同僚は冷めた目をしていた。




「『もう仕事を辞めてやる』と愚痴っているヤツは、実際には辞めない。そういうもんだ」

「確かに。こっちの職場にも愚痴を言い続けてる人がいるけど……」

「本当に辞めるやつはな、不満をこぼす前に行動している。

 いつの間にか転職先を見つけていて、突然退職の意思を伝える。

 中途採用で優秀な人材は、大体そんな感じだよ」



 ハジメは嫌なことに気付いて、顔をしかめる。



「それって、この会社があんまりいい環境じゃないってことだよな」



 同僚は『優秀な人材を留めておくだけの魅力がない会社』と言っていたのと同じだった。



「否定はできないな。特段ひどくもないが、よくもない。

 待遇の良さをアピールするために、平均値を出す時点で、ある程度察せられる」

「考えれば考えるほど、本当に辞めたくなってきた……」



 意気消沈しているハジメを見て、同僚は少しだけ笑う。



「まあ、この会社にもいいところはあると思うぞ?」

「どこだよ」

「変人が多いところだ。見ていて飽きない」

「お前に言われたくないと思うぞ」

「お前にも言われたくないだろうな」



 軽口を叩きあうと、同僚は食べ終わったタッパーをしまった。

 それから立ち上がって、ハジメに告げる。



「脱サラするにせよ、しないにせよ『自分が本当にやりたいこと』を考えてみればいいんじゃないか?」

「本当にやりたいこと、か……」


(なんかあったかなぁ。メタマちゃんの応援なら無限にやる気がでるんだけど)



 考えているうちに、同僚は姿を消していた。

 ハジメは試しに、ネットで情報を調べてみることにした。


 脱サラ先の職業は、かなり多い。

 Webライター、ネットショッピング(小売店)、動画作成、フリーのプログラマー、飲食店や宅配などなど。

 会社に勤めていなくても、個人事業主としてできる仕事は多い。



(だけど、どれもピンとこないんだよなぁ)



 うーん、と唸りながら悩んでいると、スマホにメッセージが届く。

 レイからだ。



《じめにい、やりたいことが見つからないの?》

「なんで知ってんだよ!?」

《双子だもん。そんなことぐらいわかるよ》



 ハジメはレイからのメッセージに違和感を覚えて、一つの疑問を持つ。



(本当はオレのこと監視していないか? 銅の彼女みたいに)



 同僚の彼女は嫉妬深いメンヘラだ。

 ショッピングモールで出会った時は、同僚がレイ(変装したリツ)に声を掛けた瞬間、ヒステリックに叫んだこともある。

 当然のようにGPSや盗聴器を仕込んでいるし、同僚もそれを愛として受け止めている。


 そんな人を知っているからこそ、つい疑ってしまった。


 だけど次のメッセージが衝撃的過ぎて、そんな些細なことは吹き飛んでしまう。


 

《じゃあさ、VTuberをやってみない?》

「マジですか?」



 思わず口に出していた。



《マジですよ》

「拒否権は?」

《当然ナシ》



 すぐさまメタマちゃんの画像が送られてくる。

 瞳からハイライトが消えていて、ヤンデレのように見下している。


 推しに圧力をかけられてしまっては、従わざるを得ない。



(VTuberって……マジ?)



 こうしてハジメは推しに言われて配信者・・・をすることになった。


 尚、口に出した言葉・・・・・・・にレイが反応していることに、ハジメは気付いていなかった。

 SNSでやりとりしていたはずなのに。

 






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