第15話 眠れない夜は思い出がいっぱい

(おめめぱっちり……)



 リツに相談した日の夜。

 ハジメは悩み過ぎて、眠れていなかった。

 すでに日付を跨いでいて、このままでは明日の仕事に支障が出てしまう。


 そんなことは本人もわかっているのだけど、諦めてスマホをいじりはじめた。



「こういう時、見るものがメタマちゃんの配信しかないのがつらいなぁ」



 そう独り言を漏らしながらも、画面をボンヤリと眺める。



 VTuber『一星雨魂』。

 登録者数は25万人まで伸びてきていて、熱心がファンが多くて換金率が高いことで有名だ。

 有名な企業勢に混じって、スパチャランキングに載ったことさえある。


 そして、ハジメの双子の妹でもある。



(随分、遠くに行っちゃったな。いや、近づいてきたのかな)



 死んでいるはずの双子の妹が、有名VTuberとして現れた。

 つまり生者と死者の関係から、リスナーとVTuberの関係に変わったのだ。



(確実に近くはなっているんだろうけど、色んな人の――ファン全員のものになっちゃったんだよな)



 どうでもいい嫉妬をしている自分に気付いて、ついついわらってしまう。

 今はかなり不気味な状況にいるのに。


 一度今の状況を客観的に見てしまうと、当然疑惑をもってしまう。



(本当に現実なんだよな……?)



 実はドッキリだったり、詐欺だったり――様々な可能性が脳裏をよぎる。



(いや、どんな裏があったとしても、オレにとっては理想の状況・・・・・なんだ)



 もう会えないと思っていた妹に、また会える。

 それがどれだけ不自然でも、どれだけ危険があっても、すがりつきたい。


 その結果、最悪なことになったとしても。



(これ以上は、いらない。求めちゃいけない)



 思考がまとまった。その時――


 ピコン、と。

 まるでタイミングを見計らったかのように、通知音が鳴った。


 メタマちゃんからの――レイからのメッセ―ジだ。



《ねえ、じめにい。どうせ起きてるでしょ?》



 ハジメは目を丸くしながら、返信を打つ。



《なんでわかんだよ》

《双子だもん、当然。どうせ、色々悩んでたでしょ》

《流石かわいい妹だ。頭を撫でてやりたい》

《きも。ちなみにじめにいは、アタシが今何やってるかわかる?》



 数秒も迷うことなく、タッチスクリーンに指を滑らせる。



《エゴサ》

《お、正解。さらに言うと『配信見るのがつらくなってきた』とか呟いているリスナーを監視してる。離れないようにリプでも送ってやろうかな》


(なにやってんだ)



 ハジメは呆れながらも、口を酸っぱくする。



《嫉妬民が湧くぞ》

《嫉妬民は面倒だけど、かわいいからオーケーかな》

《かわいいか?》

《あれは、クソガキとかツンデレみたいなものだから》

《本人たちが聞いたら、怒りそうだな》

《やっぱりクソガキだ。そう考えると、かわいすぎるな》



 少しムッとした顔になりながら、メッセージを返していく。



《本当にファンのことが好きだな》

《好きだよ。だから、デートの相手役にじめにいを選んだんだよ》

《あー。家族だからか》

《そそ。もしバレてもセーフだからね。

 炎上は歓迎だけど、ファンを裏切りたくはないから》

《配信で言った方がよくないか。そういうことは》



 配信で話している場面を想像しているのだろうか。

 次の返信まで、30秒ぐらいのライムラグがあった。



《絶対にヤダ!! 言ったら調子に乗るじゃん。

 変な雰囲気になるじゃん。

 優しい言葉を見ると、泣きそうになるじゃん。メタマの配信はもっと楽しくないといけないの!》

《へー。そこまで考えてるんだ》



 『兄として感心』が半分と『ファンとして嬉しい』が半分で、ハジメの胸は一気に熱くなった。



《考えてるに決まってるでしょ。そうじゃないとここまで有名になれないよ。

 それに、配信を見てもらってるなら、少しでも楽しんでもらわなくちゃ》

《いつも楽しんで見てるぞ》

《古参でもないのに、ナニ言ってんの》

《アーカイブ全部見てるから!》

《『シリアスに知り合ったばかりでもシリアルナンバー付シルバーリング』も持ってないじゃん》



 ついつい上司の自慢げな顔を思い浮かべてしまった。

 上司は古参にして、有名なメタマじゃくしなのだ。


 苦々しい顔をしながら、反論していく。



《その時は知らなかったんだから仕方ないだろ》

《双子なのにー。それぐらい、言わなくても察知してよ》

《オレは超能力者じゃない》

《超能力があったら、あんなこと・・・・・にはならなかったもんね》



 『あんなこと』とは、おそらくレイが死んだ日のことだろう。

 突然デリケートな話題になって、ハジメは返信を打てなくなってしまった。


 それを見透かしたかのように、メッセージが連投される。



《ねえ、じめにい。全部知りたい?》



 画面を見ながら、思わず息を呑む。

 きっと全部・・とは、ハジメが知らないこと全部ということだろう。


 なんで死んだはずのレイが生きているのか。

 なんで今頃になって、姿を見せたのか。

 なんでVTuberをやっているのか。


 知りたくないと言えば嘘になる。



(でも知ったら、どうなる? オレの知識欲が満たされるだけじゃないのか?)



 ハジメは逃げるように、メッセージを打つ指に意識を集中させる。



《話したいのか?》



 自分が送ったメッセージを見て、ついつい情けない顔をしてしまう。



(ずるいよな。これ)



 自分で決断できないから、相手に決断を押し付けてしまった。



《話したくないよ。現実なんて、見たくもない。

 ずっとメタマじゃくしに囲まれて、チヤホヤされて、楽しい気分でずっといたい》



 あっさり帰ってきた答えに、ハジメはホッと息をつく。



《じゃあ、オレも聞かない。聞きたくもない》

《じめにいならそーゆーと思ってた》


(やっぱり、レイは理解してくれてる)


 自然と、頬の筋肉が緩んでいく。

 通じ合っている実感が、胸を満たしていく。

 懐かしくて、温かくて、心のイガイガが無くなっていく。



《やっぱり、オレたちは兄妹だな》

《こんなダメ人間なところ、似たくなかったよ》

《ダメ人間でも、レイは最高にかわいいよ》

《うれしい、って思っちゃうんだもん。なんも成長してないね、アタシ》



 妹の切なそうな顔を想像できてしまって、胸が締め付けられる。



《ねえ。じめにいは今、工場で仕事をしてるんだよね。楽しい?》

《今すぐ辞めたい。楽しくない。仕事つらい。永遠にニートになっていたい》

《そっか。じゃあ、じめにいも成長してないね》

《オレの時間は、多分、15年前の雷・・・・・・で止まっちゃったから》



 少しだけ、間があった。



《草。パソコンより繊細じゃん。電卓よりも頭悪いのに》

《うるせえよ》

《ああ、なんだかじめにいの顔を見たくなってきた》



 突然、話題が切り替わった。

 レイとのやり取りでは、よくあることである。



(でも、これってつまり『話したいことがある』じゃなくて『オレと話したいだけ』ってことだよね。きっと)



 密かにニヤニヤする。



《今すぐ自撮りして送ってやろうか?》

《やめて。絶対キメ顔して送ってくるじゃん。腹筋に悪い。

 まあ、でもデートで会えるもんね》



 いきなり悩みの種の話題になって、ハジメはため息をついた。



《本当にデート、しないとダメか》

《しないとダメ。アタシの精神がこわれちゃう。メタマちゃんの配信が見れなくなってもいいの?》

《うわ、ズル》

《www》



 思わず《草は生やすなww》と返した。


 ハジメはまだまだ続けていたい気分だったのだけど、レイは終わらせたいのか、次のメッセージが送られてくる。



《じゃあ、楽しみにしてるからね。デート》

《え、デートプラン、オレが考えるの?》

《当たり前じゃん。お兄ちゃんでしょ》

《こういう時ばっか、お兄ちゃん扱いしやがって》

《wwwww》


(画面の前で、本当に笑ってるんだろうな)



 似たようなやりとりは、何度も繰り返してきていた。

 だからこそ、笑う姿がありありと浮かんできて、自然と頬が緩んでしまう。



《じゃ、おやすみ。じめにい》

《おつめたまー》

《タヒね》



 軽口を叩きあいながら、やりとりを終えた。


 スマホの画面を暗くすると、部屋が真っ暗になる。

 さっきまでとても騒々しく感じていたのに、今はとても静かだ。


 それでも、ハジメの顔には寂しさはなかった。

 それどころか、生きる希望に満ち満ちている。


 心の中にあったわだかまりが消え去っていて、とてもスッキリしていた。



(さて、さっさと寝るか)



 まるで誕生日前夜の子供のように布団をかぶると、たった数十秒で寝息をたて始めるのだった。 





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

デートなんてしたことないから、うまく書けないんだけど!!!!

どうしよう!?!?


そうだ、主人公を奇行に走らせよう!!!


もし今回の話で心が温まりましたら、♡や☆をよろしくお願いします!

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