プロローグ いつかの話

「オレの人生はあの時、大きく変わったんだ」



 男はゆっくりと語り出した。しかし周囲には他の人影はない。それどころか、人一人がギリギリ座れるだけのスペースに窮屈そうに座っている。



「いやぁ、懐かしいなぁ」



 涙を隠すように、天井を仰ぐ。


 天井や壁には模様はなく、真っ白だ。まるで研究所のような無機質さがあって、とても冷たい。



「はぁ」と息苦しそうにため息をつく。



 窓もなく、むわむわと男臭い空気がこもっている。さらには、汗が滲み出すほどに蒸し暑い。


 そんな劣悪な環境の中、男は独りで笑ってしゃべり続ける。



「それまでのオレは、ほとんど死んだ状態だった。嫌いな仕事ばかりをしていて、心を殺して生き続けてきた」



 目線の先には青白く光るモニターがある。

 画面はせわしなく変化しており、カラフルな文字列が流れている。

 赤、青、黄、緑、ピンクなどなど。見ているだけでも目が痛くなりそうだ。


 それなのに、男は画面を見て笑みをこぼしている。


「あの時のオレが今のオレを見ると、どんな顔をするだろうなぁ」


 男は愉快そうに、ヒッヒッヒッと引き笑いしながら、オーバーリアクション気味に手を叩く。


 ひとしきり笑い終えると、改めてモニターに向き直る。

 青白い光に照らされた頬に、うっすらとエクボが浮かび上がっている。



「あはは、そんなに心配するなよ。今はこうやって楽しいし、今日は特別な祝いの日だ」



 言うのと同時に、薄平ぺったくてデコボコしてる板をパチパチと叩く。



「そうだな。折角の機会だから少しだけ話そうかな」



 言うとすぐに、男の表情が変わった。

 さっきまでは少年のように無邪気な顔だったが、今は好々爺こうこうやのように優し気だ。



「オレが生まれ変わった日の話。不思議な話だから、本当にあったかどうかは、各自で勝手に判断してくれ」



 前置きしながら、懐かしむように目尻を下げて、口をゆっくり開く。



「そう。あの日は何の変哲もない日だった」



 男は吐息混じりに語り始める。


 色褪せていた日常が一変することになった――


 少しおかしくて、家族愛にあふれた電脳幽霊ブイチューバーとの物語。

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