出会い

 晴美と隆之の出会いは、小学生の時だった。




 五年生の時、隆之の通う小学校に晴美が転校して来た。二人は同じクラスだが、住む世界が違っていた。明るくてスポーツ万能な上、美しい顔の持ち主である晴美はたちまち人気者になる。

 一方、隆之は暗く地味な少年である。どこにも接点はなかった。

 そんな二人が初めて言葉を交わしたのは、六年生になった時である。


 授業が終わり、教室の掃除が終わった放課後のことだった。

 隆之は教室に残って、ノートに何やら書いていた。すると、同じクラスの中野ナカノがちょっかいを出してきたのだ。


「お前、何書いてんだよ。見せろよ」


 この中野は、典型的ないじめっ子タイプである。弱いとわかっている者に対しては、つまらないイタズラをしてくる嫌な性格だ。


「ちょ、ちょっとやめてよ」


 作り笑いを浮かべ、隆之はノートを閉じる。だが、中野は止まらなかった。

 

「いいじゃねえかよ。見せろよ」


 言いながら、力ずくでノートを取り上げようとする。 

 その時だった。後ろから彼の肩を叩いた者がいる。


「んだよ!」

 

 振り向き、睨みつけた。が、その表情は一変する。そこに立っていたのは、晴美だったのだ。

 晴美は成績は良くて性格も明るく、スポーツ万能な美少女だ。彼女の方が、中野よりクラスでの立場は上である。


「何やってんの?」


 すました表情で、晴美は聞いてきた。


「は、はあ? お前に関係ねえじゃん」


 そう言って、中野は笑った。が、その笑顔は引き攣っている。


「うん、関係ないよ。でもさ、見てるとすっごくウザいんだよね。何やってんのか知らないけど、あたしに見えないとこでやってくんないかな」


 冷たい口調で言い放った晴美。中野は顔を歪めたが、それ以上は何せず離れて行った。

 そんな後ろ姿を見て、晴美はプッと吹き出していた。


「何あれ。バッカじゃないの」

  

 言った時、隆之がノートを手に近づいて来た。晴美に向かい、おずおずとした態度で口を開く。


「あ、あのう……ええと」


 口をもごもごさせているが、言葉が出て来ない。晴美はきつい目線を向け、口を開く。


「聞こえないよ。言いたいことあんなら、はっきり言いな。さっきもそう。嫌なものは嫌だって、はっきり言わなきゃ」


「う、うん。あ、ありがとう」


 ペこりと頭を下げる隆之。気は弱く陰気な感じだが、素直な性格であるらしい。

 晴美は、思わずくすりと笑っていた。すると、隆之も恥ずかしそうに笑う。




 それをきっかけに、二人は徐々に親しくなっていった。

 交流を深めていくうち、隆之は晴美の家庭の事情を知る。両親を亡くし、この町の施設に預けられたのだ。

 不幸な境遇などものともしない晴美は、周囲の者から一目置かれる。

 恵まれない境遇にありながらも、笑顔をたやさず明るくカッコよく生きている彼女は、隆之の目にも眩しく映っていた。


 その後、二人は同じ公立中学校に進学し、同じ高校に入学する。明るく活発な晴美と、暗く引っ込み思案な隆之。全く違う世界の住人のはずだった。しかし、二人は友達として付き合っていく。いや、友達というよりは姉と弟のような関係であった。

 やがて高校二年の時、隆之に転機が生じた。彼が密かにノートに書いていた小説が、新人賞を取ったのだ。

 受賞を知った時、真っ先に報告したのは晴美にだった。


 隆之は、現役高校生の作家としてデビューした。とは言っても、世間から見れば無名の存在ではある。それでも、嬉しかった。自分が今までやってきたことが評価されたのだ。彼は、創作にさらに打ち込んでいく。

 そんな隆之の隣には、いつも晴美がいた。頼りない隆之を、姉のようにフォローしてくれていたのである。


 それは、大学に進学した時のことだった。

 夜、二人で公園を歩いていた時、不意に隆之は立ち止まる。


「あ、あのさあ……晴ちゃん今ひとりでしょ? だったら、僕と付き合ってみる……みたいなのは……駄目かなあ……なんてことを、今ふと思っちゃったりしたんだけど……どうかなあ、なんつって」


 出来るだけ軽い口調で言った。重くならないよう意識し、仮に断られても二人の関係が壊れないことを祈りつつ、一世一代の告白をしたのだ。

 もっとも、心臓は破裂しそうなほど激しく高鳴り、足は震え出していた。口はカラカラに乾き、呼吸することすら困難な状態である。

 晴美はというと、きょとんした顔だ。一方、隆之は真っ青な表情で返事を待っていた。今にも倒れそうだ。

 不意に、晴美がくすりと笑った。笑いながら、隆之の頭を小突く。


「何それ。告白?」


「えっ、いや……」


 しどろもどろな隆之に、晴美は溜息を吐いた。


「しょうがないなあ。ま、姉弟に間違われるのも面倒だから、付き合ってもいいよ」


 その言葉を聞いた途端、隆之はへなへなと崩れ落ちる。

 晴美は、慌てて助け起こした。


「ちょっと、大丈夫!?」


「だ、大丈夫だよ。はあ、死ぬかと思った」


 情けない表情の隆之を見て、晴美は苦笑した。


「まったく、情けない奴だなあ」





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