【第一部完結】IDIOM. 異世界から来た新人魔女は、現代で美少女エージェントに管理される

@ruritate

第一章 蛇の頭と鶏の頭編

第1話 プロローグ

 多元宇宙論たげんうちゅう(multiverse)。

 それは、我々が観測している宇宙とは別に、複数の宇宙の存在を仮定する論理物理学ろんりぶつりがく論説ろんせつの一つである。多元宇宙論では、宇宙は無限に分岐し、可能性の数だけ宇宙が存在すると論じられている。一方で、多元宇宙が存在していると確証かくしょうづける実証は、いまだに見つかってはいない。

 宇宙せかいとは、とても大きいが、それを知るものにはとても小さい。そして、それを知るものの前では一つではないのである。




 現代日本のどこか、古びたテナント施設の地下室に、黒いフードを被った複数の人間が集まっていた。地下室の中は、非常に薄暗い。電灯は消され、円形に配置された蝋燭ろうそくの灯りだけが、怪しく揺らめいている。


 蝋燭が並べられている床の中央には、幾何学模様きかがくもようが複雑に組み合わさった巨大な魔法陣が描かれていた。集団は、その魔法陣を取り囲むように立っている。


「森石さん、準備できました。」


 最後の蝋燭に火がつけられる。そのことが、黒いフードの集団の真ん中に立つ人物に伝えらえた。




 森石と呼ばれた男は、ゆっくりと魔法陣の方へと歩き始めた。その男の手には、一冊の“本”が握られている。


「諸君、今日この時、ついに我らが教団の悲願が達成されるのだ。」


 一歩前に出た森石は、集団に振り返り、演説を始める。


「我々が今から行うのは、救済だ。この中には、社会に不満を覚え、生きづらさを感じていた人も多いだろう。だがそれは、我々の本当の使命を知らなかったからだ。」


 森石は、語気を強め、力強く訴える。


「私たちが住むこの地は“ニメルス”だ。我々は、生まれながらにして選ばれた者だったのだ。選ばれた我々には、他の人を救う義務がある。恵まれない人を、救済する責務がある。」


 森石が“本”を持った手を、高く上に掲げる。


「これは、使命だ。今から召喚の儀式を行い、我々の本当の使命を果たすのだ!」


 集団から、歓声が上がる。森石は、満足げにその様子を眺めるのであった。



「「イリュームエジマ・エクソテカマエ・マーニャ」」



 黒いフードの集団は、森石のもとに集まり、各々おのおの呪文を唱える。静かな空間の中で、その言葉だけが不気味に響き渡るのであった。時折、蝋燭の灯りに揺れて、影が幻想的な光に照らされる。


 儀式の参加者の顔は、ローブの陰に隠れて見えない。だが、その表情は、歓喜にあふれていただろう。


 森石も、手に持った“本”のとあるページを開き、詠唱を始める。


「”イリュームエジマ・エクソテカマエ・マーニャ”」


 森石が唱えるとともに、本のページが光り輝き、それに連動して床の魔法陣も白く光った。


 次の瞬間、風の入ってこないはずの地下室に、突風が吹き荒れる。蝋燭の炎が、風によって消され、周囲には暗闇に包まれる。


 何もなかったはずの魔法陣の中央に、何かが現れる。


「成功したぞ!!」


 森石が、興奮して叫ぶ。周囲の参加者も、口々にお互いをたたえ合っていた。


 だが、それは長くは続かなかった。


 魔法陣の中央に現れた“それ”は、突然森石たちを襲い始めたのだ。周囲には、甲高い悲鳴が上がる。


「な、なぜなのだ。」


 呆然とする森石を、暗闇の中で“それ”は、二つの顔でにらみつけるのであった。

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