記憶が消えない奇跡の方法?おいおい、奇跡って起こらないから奇跡って言うんだよ

きつねのなにか

君を忘れたくないのに。僕は十日間たったら彼女である君の存在を忘れてしまう。絶対に忘れたくないのに。

美咲みさきさん、だよね? 今回も十日間よろしくお願いします」


「はい。今回も十日間よろしくお願いします。彼女ってのは把握してるよね」


「うん、日記を見るとそうみたいだね。ただ、ちょっと実感がなくて」


 ――難性記憶障害特殊型。


 これは私の彼氏であるしょう君が患っている病気の仮の名だ。

 なぜ仮なのかというと、この症例を発症しているのは世界でただ一人、翔君だけだからだ。

 病気の詳細は、十日間過ぎると高校に入ってからの人間関係の記憶が無くなってしまうこと。

 日常生活は出来ると言うことなので通常の高校生活を送っている。

 私がサポートすることによってね。基本的に二人で行動し、なにかあったことを日記に書いて、次の十日間へ受け継がせる、というわけだ。


 まあ、二人で行動していれば高校生活なんて言う思春期の二人がお互いを意識しないなんてことはなくて。正確には私の方が意識しないなんてことはなくて。意識的に行動して彼氏彼女の仲にしたのだ。難しかったよ、なんせ十一日後には彼の記憶は綺麗さっぱりなくなっているんだもん。日記にでかでかと、美咲は彼女、美咲は彼女、美咲は――と書かせたはずだ。日記を私は見ないようにしているため、多分だけどね。日記はプライベートの塊だもんね。

 今日あった出来事というタイトルの画用紙を一日一枚書いて、それは共有してるんだ。

 全く共有しないわけにはいかないもん。私の居る意味がない。


「そんな生活もあともう少しかあ」


 もう少しで卒業式。私の役目も残りわずかである。


「何が悲しいって、卒業式が十一日目、記憶が無くなっちゃうんだってことなんだよねえ」


 そう卒業のタイミングで翔君は私との記憶を忘れ、私たちは別々で卒業してしまう。寂しすぎる。


「なにかないかなー翔君」


「そうだね。うーん。そうだ、最後の十日間、思いっきり遊ぶなんてどうだい?」


 幸いなことに私は難関国立大学へ入学が決まっている。翔君はアメリカに行って治療を試みるという話で、あっちの大学の入学手続きは既に済んでいる。

 二人ともフリーなのだ。これはやるっきゃない!


 計画初日に概要を話す。嫌がられるかな。

 それがやる前提で話が始まった。日記にやるって書いていてくれたんだろう。ありがとね、翔君。


 この日から何をするかで盛り上がっていった。


「映画は見たいし、落ち着くカフェでのんびりしたいし、夜景は見たいし、ライトアップも見たいなー」


「全部やろうよ。十日もあれば全部出来るよ」


 ワイワイと決めていく二人。これ自体が楽しくて、画用紙で共有するのも楽しかった。

 あーでもこれも終わっちゃうのかあ。カップルになってるのにカップルらしいこと全然出来なかったな。

 やったことと言えばとにかく勉強を教えていた。十一日目になるとこの十日間で勉強した内容も少し曖昧になっちゃうみたいで、私が教えていたのだ。

 常に二回分教えていることになり、それが私の学力向上に多大なる貢献を果たしたんだけど。全国模試一位常連は伊達じゃない。

 最初はこの勉強だけを教えていたんだけどね、友人関係は諦めていた節があって。せっかくならこっちもやろうよ! ということで人間関係も記録するようになった。


 やることが決まったのは、映画、遊園地、花火、大きくこの三つ。あと小物をいくつか。そりゃあ、動物園行きたいし水族館も行きたい。毎日遊びたいけど、お金の問題もあるし、全力で十日間遊ぶにしても遊び疲れて後半疲れちゃうだろうし。普通のカップルで生活していない私たちにとってはこれくらいしか思いつかなかった。

 まあそれでも良かった。最後を堪能できれば。本当、最後だから。本当に。


 さてここで困るのが軍資金をどうするか。

 私は勉強を教えるためにアルバイトをしてこなかった。

 お小遣いも参考書に回していたので全く以てお金がない。貧乏学生だ。

 頼るべきは――


 夕食後。

 まだ両親がいる内に大事な話があると言って呼び止める。


「お母さん。平にお願いすることがあります。聞いていただけますでしょうか」


「うふふ。翔君と遊ぶために使うお金でしょう。美咲は翔君と出会ってから本当に良くやったわ。お金のことは心配しないで」


「ああ、本当に心配するな。ちょっと待ってろ」


「え、えっと」


 私の動揺も気にせず黙ってリビングから出て行くお父さん。

 帰ってきたその手には手持ち箱が握られていた。


「いつか美咲がお金の面で苦労するだろうと思ってな、父さん母さんで貯めていたんだ。まずは十万がここにある。思いっきり使いなさい。後先なんて考えなくて良い。今を楽しむために使いなさい。お金のことは一切心配しなくていいからね」


「お父さん、お母さん――」


 涙が止まらない。だって相手は忘れちゃうのに。私の自己満足なのに。


「ありがとうお母さん、お父さん。大切に、でもしっかりと遊んで来るね!」


 お母さんはもう泣いて笑っていたし、お父さんは腕を組んで頷きながらも目頭が熱くなっていたように見えた。

 大好きだよ、お父さんお母さん。



 明日から最後の十日間が始まる。気合い入れていくぞ!!



 初日は映画。着る物はワンピースに分厚いコート。

 私はそこまで綺麗な顔じゃないけど、毎回の初日、初めて出会う翔君への第一印象は、良い方が断然良いと思って筋トレをしてボディメイクをしている。

 胸は上に上がってるし、お尻もプリッとしている。

 だからワンピースならそこそこ目立つはずなのだ。分厚いコート着てるんで全くわからないと思いますけどね。


 ま、三十分前にイオンモールに到着したんで、のんびり待ちま――


「あれ、美咲さんもう来てたんですか?」


 そこには翔君がいた。なんで?


「あれ、翔君早い。まだ集合時間三十分前だよ」


「えっと、日記に三十分前行動を心がけろって書いてあったので。美咲さん来るの早いんですね」


「えっと、うん、まあ。早いほうかな」


 日記の中の私はどんな人になってるんだろう?

 遅刻厳禁の厳しい女だったり?


「んー、それじゃあ自己紹介などもやりたいしカフェに行きますか。スタバで良いよね」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 初日固いのは慣れ切っちゃってるから違和感もなくスタバへ。


「翔君お金持ってきたー?」


「はい、親子カードを渡されました。それと現金を少々」


 お、親子カード……。まあそれだけ愛されているってことだよね。


「じゃ、じゃあお会計は別々でいっか。私何飲むかなースターバックスラテにしよっかな、豆乳ミルクで」


「ぼ、僕もそれでいいかな。こういう所に来ること、なかなかなくて。何頼んだら良いかわからないや」


「そうする? 私は美容目的で豆乳だけど、美味しさを求めるならアーモンドナッツに変えると美味しいよーコクが出る」


 というわけで二人でスターバックスラテを注文。翔君はアーモンドナッツなり。温かい飲み物は2月下旬にはキクね。

 スタバの価格帯って高校生には高い気がするんだけど、豊富にある軍資金で乗り切った。


「ふう、美味しいねえ」


 カウンターの席で隣り合わせになりながら飲む。


「お、美味しいですね。アーモンドナッツに変えて正解だね」


 うーん。


「あんまり距離縮めようと無理しなくて良いよー? 毎回十日目にはびっくりするほど仲良くなってるくらい、相性がさ、めーっちゃ良いんだから」


 翔君の顔を覗き込みながらそう言う。人間関係がリセットされた初日、いきなり知らない人と彼女の誓いをかわせって言うのが無理でしょ。


 でもな、本当に相性は良いんだよね、毎回仲良くなってるし。わずか十日間で。高校恋愛だけど、このまま結婚まで行っても良かったな、って、思うな。


「ごめん、無理してないんだけど、まだちょっとこんな素敵な人が彼女っていうのが信じられなくて」


「なにそれ私が美人過ぎるってこと? まいっちゃうなーもう!」


 バンバンと彼の背中を叩く。素で嬉しかったのと、翔君に気合いを入れるために。


「痛い痛い。美咲さんってこんなに力強かったっけ。僕の日記には書いてなかったような」


「なぜって、そりゃあボディメイクしてるからね。日記を書いた時期も古いんじゃない?」


 なるほどっといって、二人で何枚かツーショット自撮りを取る。思い出になるね。


 映画の時間になったので映画館へ。見るのは二人とも好きな怪獣映画。

 戦後すぐに怪獣がやってきて暴れ回るということだそうだ。


 鑑賞後、イオンモールのフードコートで軽食を取りながら感想を言い合う。


「まさかあそこで座礁していた戦艦の主砲を撃つだなんてね」


「そうだよね、私びっくりしちゃった。でもあれで相当大ダメージを受けてたよね。あの後倒れた怪獣の上から降り注ぐ青い空が怪獣との対比を感じて面白かったなあ」


 感想会はとても長い時間まで続いた。


 そしてお昼。


「今日はラ・フランチュレーナ・ポッワという所に予約を取ってあるよ」


「お昼探しは任せてあると日記に書いてあるけど、凄い所なの?」


「ランチで三千円するよ。さあ、行こうか」


 三千円。ランチとしてもそうだが、高校生にとってもバカ高い値段だ。


 何でもフランス料理のお店らしい。


 うー、緊張する。


 緊張したまま入店。受付の人がいたので予約名を伝え案内して貰う。


「入り口で上着を脱がしてくれるお店なんて初めてだよ」


「僕もだね。ちょっと緊張してきた」


 高校生としては場違いな場所だったので緊張の方が強く出てしまい、何を食べたのか、味はどうだったのかとか覚えていない。

 まあ経験値は上がった。


「今日は本当に楽しかったよ、じゃあまたね」


「うん! まったねー!」


 そういって手を振り合って今日はお別れ。

 帰宅してどっと疲れが出る。日記での情報しかない好感度ゼロくらいな人と大好きでしょうがない人がペア組むんだ、好き好き光線を受け止めて貰えないのは当たり前。そりゃあ疲れるわ。最終日ならこのまま午後にどこか行くのすらなんともないと思うけども。今日は無理。でも楽しかったな。


 次に遊園地。もちろん遊園地への間も距離を詰めるために、私との最後の日記を作るために会ってはいた。世間話をしたりライトアップ見に行ったり、地味だけど大切な時間を過ごしていた。


 そして、時は来た。


「さぁて、お待ちかねの遊園地! 入場料だけで1万円する遊園地だよ! 制服遊園地をする最後の機会だよ!」


 朝早くから遊園地に乗り込んで、既に出来ている順番待ちの列に並び、開園と同時にダッシュ! 無事に目的のアトラクションに乗る。


「しかしなんで1発目がウォータースプラッシュなんだい? めっちゃ水を被って寒いと思うんだけど」


「ソンナノシラナイ」


「美咲ちゃんな割には考えてなかったんだね」


「私ってそんなに考えてないよー? まあ、翔君に見合う女の行動はしようと思っちゃいるけど」


 ピリリリリリ。

 出発の時間だ。

 ガタンゴトンと台車が動き出す。


「はぁはぁ。ドキドキだね!」


「真冬に水を被る乗り物……」


 普通のジェットコースターの方が良かったかな?

 などと考えている内に台車が走り出す!

 一番前に座ったんだけど、想像以上に怖かった。

 ギャーギャー叫んだし、翔君助けてーとか叫んだりもした。恥ずかしい。


「こ、怖かった」


「水も被ったしね。ほら、タオル」


 バックパックからスッとフェイスタオルを差し出す翔君。


「え、なんで持ってるの?」


「コレに乗りたいって何度も言ってたじゃん。一応準備しておいた」


「ありがと、サブイ」


 ということでまあ、温泉へと直行するのであった。

 そう、この遊園地は温泉も入れる総合レジャー施設でもある。


「ふぅ、暖まった暖まった。乾燥機付き洗濯機も付いてるから制服も復活だね」


 浴衣姿で翔君へと近づく。ちょっと顔を背けて「そうだね」とつぶやく翔君。


「んー? 顔を背けて、私何かした?」


「いや、その、綺麗な身体だなって。ごめん」


「え、なになに? 見慣れてはいないだろうけど、ここ数日で何度も見たじゃん私の体」


「その、たぶん、ノーブラ!」


 私は顔を真っ赤にし、「制服に着替えてくるね!」と更衣室へ駆けていくのであった。


 温泉から出て次のアトラクションへと向かう。まだまだ遊園地でやることは一杯ある!


 パレードを見たり、メリーゴーランドに乗ったり。

 そういうのも楽しいんだけど今回のメインはこちら。


「一万五千円のコース料理を予約してあるんだー」


「高校生の僕たちが一万五千円か。まあ今日しかないもんね」


「そうなの、私たちには今日しかないからさ」


 遊園地でお高いレストランを堪能する。これは一般人でもなかなか体験できることではあるまい。検索したら遊園地にかけるお金って一万八千円が相場で、食費が三千五百円って書いてあったもん。一般人が遊園地に掛けるお金相当の所でお食事するんだもん。

 私だって翔君に了解取り付けて予約するとき、足が震えてたもん。


 個室に案内され、食前ジュースを頼む。翔君はグレープ、私はいちごを頼んだ。


「こちらが鮪と鶏もも肉の香草仕立てです」


「はぁ」


「こちらが鹿肉と牛肉の煮込みです」


「ジビエですか」


「こちらが――」


 三千円のランチを経験してあるので緊張はしなかったものの、量が多くてお腹いっぱいになってきた。食前にいちご飲んだのも悪かったな、満腹度が上がっちゃった。


 翔君はというと、ガツガツ食べてる。私のお弁当もガツガツ食べてくれたなあ。


「美咲ちゃん、どうしたの?」


「ええと、さすがにお腹いっぱいになってきちゃって。コース料理ってゆっくり出されるからお腹いっぱいになっちゃうね」


「じゃあ出して貰う量半分にして貰おうか?」


「出来るのかな?」


「すみませーん」


 翔君が問い合わせたら当たり前のように量が半分になって、ゆっくりゆっくり食べてなんとか完食。


「ふひー食べた食べた。翔君もりもり食べてたね。私の出したお弁当みたいだった。まあ、美味しさは全然違うけど」


「いや、美咲ちゃんのお弁当の方が美味しかったよ。味というか、心がこもってた」


「えっ。お弁当のことそう思ってくれてたんだ!」


 お弁当は人間関係の内に入らないので、しっかりと記憶として残ってる、というわけだ。


「一日目でも、誰かが、毎日美味しいお弁当を持ってきてくれるというのは強く覚えているよ。そっちの方が今日のよりも印象が強いな。そうだ、これからさ、軽いお出かけの時はお弁当持ってきてくれないかな」


 思わず涙がほろりと流れる。翔君から私が消え去っても、全てが消えるわけじゃない。日記を読んで思い返してくれればそんな人がいたんだ、位の感覚で思い出してくれる。


 やったことは無駄にならない!


 この後は温泉施設に戻り、温泉施設にお土産屋があるから大量のお土産を買って配送を頼んだり、温泉に入り直したり、おそろいのペアネックレスを購入したりした。ペアネックレスは翔君に買って貰っちゃった。嬉しい。


 二人ともぐったりだったので、急遽この日は温泉施設の宿泊所に宿泊。

 明日帰ることになった。

 通された部屋は一人部屋にダブルベッド。私がそう申し込んだのである。


「グフフフ、翔君、今夜こそ逃がさないぞ」


「逃さないって、狩猟じゃあるまいし」


 翔君は意思が硬いのか襲いかかってこないんだけど、私の青春は青春したいしたいとわめき叫んでいる。翔君と離れる前に青春を謳歌したいのである。


 ぴったりとくっついて、体を触って――貰えない。


「青春……。翔君は、その、私としたくないの?」


 女性にこんなことを言わせるとは! 軟弱者!


「うーんと。急遽泊まったから避妊具がないよ」


「……避妊具は考えてなかった。じゃあ、今日だけ抱きついて寝る。それくらいさせたまえ」


 軟弱どころか、鋼で冷静な意思を持っためちゃくちゃ紳士な翔君に感謝しながら、その体に抱きついて就寝。凄くドキドキして、すっごく深く眠れた。


 そんなかたちで遊園地の思い出作りは終わり、最後の十日間終盤戦へと突入する。


 美味しいランチ食べたりカラオケ行ったりして行く内に時間が流れていく。

 時というのは要らないときに長く感じ、欲しいときに短く感じ入るのはなぜなんだろうか。

 あー神様時間を遅くしてください。そして奇跡をください。

 そんなことを、近所の運命を司ると言われる古ぼけた神社で願う。古ぼけたついでに二人で清掃作業とかも行った。


 神様に願ったのもむなしく、あっという間に時は過ぎて最終日になる。明日は卒業式だ。翔君とは今日でお別れだろう。

 この日のイベントは花火だ。時期じゃないけど、パーッと最後に花火をして終わろう、ということで意見が一致したのだ。

 花火は夜にやるものだけど、この日は朝八時に集合した。だって最後の時間なんだもん。


「おはよう翔君。ついに最終日だね」


「おはよう美咲。この十日間は徹底的に日記に書いてるからね。今日もよろしくね」


 決戦である。


 まずは朝のカフェに行きモーニングを食べる。食べさせ合いっこをした。

 どちらも本当にやるの? って恥ずかしがっていたけど、記憶に残るだろうから、ってことで実行に移した。割と良かった。これはイチャラブカップルにはお勧めできますね。


 食べ終わったらそそくさとイオンモールへ行き、映画を見る。九時からやってる映画があるのでそれを見るのだ。

 今回は泣ける恋愛映画。このジャンルは感情の起伏が大きいからね。男の方がやきもきする展開の映画を選んだよ、翔君の経験になるかなって思って。


 映画を見たらスタバへ行って本日のコーヒーを二つ頼む。ちょい苦かったからミルクを入れた。


「コーヒーが苦いときはミルク、酸っぱいときは砂糖を入れると良い。よく翔君が言ってた言葉だよね」


「あ、そうなんだ。そんなうんちくも言ってたんだ」


「うんちくは多かった気がするなあ。聞いた言葉も日記に書いてたんじゃない?」


「うーん、そうかも。」などとつぶやいている翔君。うーん、って軽く悩むのは翔君の口癖というか癖なのだが、ここは黙っておこう。私だけ知っている秘密。


 ここまで映画の日の行動をなぞっている。それでも当時とは比べものにならないくらい今の関係性が良くて、全然疲れない。午後は動物園へ行くこととなった。


 動物園は二人とも写真を撮りまくった。パンダは居ないけど象ならいる。凄いお利口な象におやつを与えまくってしまった私である。てへ。


 動物園へ行ったあとに花火の準備をして海まで向かった。打ち上げ花火を大量に購入したので人がいない海の方が都合が良かった。二人で海を眺めたいというのもあったし。


「こうやってぼんやりと座って海を眺めるなんて、この十日間の中で初めての時間の使い方な気がするよ」


「多分そうかも。翔君との思い出を作ろうってずっと動いた十日間だったね」


「お疲れ様、美咲。あと少しで最後の大仕上げだ」


「お疲れ様、翔君。最後の大仕上げも時間感覚は一瞬なんだろうなあ」


 それから五時頃までぼーっとしていた。ある意味一番贅沢に時間を使ったかもしれない。


 翔君の「じゃ、やろうか」という一言と共に、この十日間最後の、高校生活最後の、花火大会が始まった。


「わーきれーい!」


「写真撮ろう!」


 花火の時間は美しくて、楽しくて。

 この時間よ、永遠に。って思った。


「まだ花火あるの? 凄い量だね!」


「かなり持ってきたからね、どんどん打ち上げるぞ!」


 でもやっぱり時間は永遠ではなくて。逆に一瞬に過ぎて。


「もう線香花火だね。一瞬で終わっちゃったね」


「本当一瞬だったな」


 秀君は少しためらいの顔を見せたあと、


「美咲、好きだ」


 そう言ってキスを求めてきた。

 それに応じる私。

 甘くてねっとりとしたキス。


 その時だった。


 ゴッ。


 鈍い音と共に翔君が崩れ落ちた。


「ちょ、大丈夫翔君? え、あれ、意識がない!? 翔君? 翔君!?」


 取り乱す私をよそに翔君は一向に動かない。

 数分後救急車を思い出し、あやふやになりながらも連絡をする。

 三十分くらい経って救急車が到着する。


「どういう状況だったんですか」


「急に倒れて。その前に鈍い音がして」


「急に倒れたんですね。ちょっとまずいな。すぐ搬送できる所を探しますから」


 搬送先が見つかるまでは死んだような時間だった。一分が一時間のように感じられた。

 搬送先が見つかって救急車は移動を開始する。

 移動速度が明らかに遅い。脳内出血の可能性がある場合は揺れを極力抑えて移動することがあると聞いたことがあるが、多分そのせいだろう。


 そういえば翔君の家族に連絡していない。連絡しなくては。私はその関係性から家族の携帯番号を教えて貰っている。


「あ、もしもし、榊原さかきばらです。その、翔君が――」


 混乱しながらも倒れたこと、連れて行く病院名をなんとか伝える。伝えるというよりかは誘導して貰ってそれに答えるような感じか。


 病院に着く。まだ翔君の家族は到着していない。私が頑張らねば。

 緊急でMRIをとる。脳出血じゃなかったら心筋梗塞か。どちらにしても良くない状況だ。


 MRIを取っている最中に翔君のご家族が来院する。


「ああ、夢子ゆめこさんに正司しょうじさん……」


「お疲れ様、美咲ちゃん。あとは私たちが引き受けるわ。あなたは帰ってゆっくり休んで。あなたの親にも連絡してあるから、迎えが来るわよ」


「いえ、私も」


 すがる私を夢子さんは両肩を抱きしっかりと見つめて、


「大丈夫よ、美咲ちゃん。翔は強い子だから。大丈夫」


「はい」


 そう言われて、家族の迎えの車で帰宅した。十二時はとうに過ぎていた。全く眠れなかった。


 翌日、病院へ面会に向かった。翔君はICUに入っているので面会は謝絶されているのだが、少しでも近くに居たかった。


 面会場所には翔君のご両親も居た。


「おはようございます、翔君の様子は」


「おはよう美咲ちゃん。なんかね、金属なのか石なのかわからないけど、極めて細くて鋭い物体が頭から脳に貫通して刺さっているらしいのよ。抜こうにも深くまで刺さりすぎて抜けないし、物体がなんなのかわからなくてどうにもならない状態よ」


「刺さってる……そういえば倒れる際に鈍い音がしました」


「その時に刺さったんでしょうね。美咲ちゃんが冷静に救急隊員に説明してなかったら搬送時に脳が傷ついて死んでいたかもしれないわね」


 なるほど、とつぶやいているときに正司さんが私に話しかけてきた。


「今日は卒業式だろ、美咲さんは卒業式に行った方が良いよ。すぐ死ぬってわけでもないんだ、卒業式が終わったらまた来ると良い」


「え、でも」


「行った方が良い。私が車で送るから出席してきなさい」


 車に揺られるまま卒業式へ。あまりにもボサボサでボロボロだったので友人達に髪の毛を整えられ化粧を施されて出席。みんなに翔君のことを訪ねられてちょっと良い状態ではないと返す。さすがに詳細は言えなかった。


 卒業式の間、あの十日間がなければ、花火で海に行かなければ、空から降ってきた物体に刺されることはなかったのかも。最後に思い出を残したいと思った私のせいだ。私のせい、私のせい、私の――


 ミスを犯しまくる卒業式となったあと、みんなとお別れをして病院へと戻ろうとする。電話が鳴る。夢子さんだ。


「はい、もしも――」


「――翔がね、翔が目を覚ましたのよ! それで、第一声なんて言ったと思う!?」


 ――美咲は?


 あり得ない、もう十一日目だ、私のことは日記を見ない限り覚えていない。

 とにかくすぐに病院へと駆けつける。タクシーを使った。親から頂いたお金を残しておいて良かった。本当は返却する予定だったんだけど。


「こんにちは! 翔君は!?」


「二三日ICUで、それから一般病棟に移れそうよ!」


「良かった! それだと、第一声の不思議はまだ解明できないんですかね」


「そうね、でも一日目に戻った際に美咲ちゃんのことを覚えていたことは一度もないわ。何かがあったのよ」


 死んだような目をしていた三人の目に、光が灯っていた。



 三月下旬。


 翔君は順調に回復し精密検査を受けた。判明したことは、

 物体は抜くことはほぼ不可能だということ。

 隕石のような物で、電磁波を発していること。

 針のように非常に鋭いその物体がほぼ脳の記憶分野のみを傷つけたこと。

 電磁波と記憶分野の傷、この二点が奇跡的に難性記憶障害特殊型の解消に寄与したということ。

 継続検査は必要だが、他の障害は今のところ確認できないこと。

 気圧の著しい変化が怖いため、現段階で飛行機に乗るのは推奨できないこと。

 これくらいか。

 記憶障害はなくなった。完全にとは言えないが、もう翔君は一般人なのだ。

 翔君のアメリカ行きは見送りとなり、国内の病院で継続検査を受けることになっている。


 今日は翔君が退院してくる日だ。わくわくが止まらない。


「美咲!」


 病院から翔君家族が出てくる。


「翔君!」


 私は駆けよって、しっかりと止まってから翔君と抱きあう。


「本当に覚えているんだよね」


「花火では、はしゃぎ過ぎちゃってごめんね」


「古いよ、何日前のことだと思っているの?」


「古くても覚えているってことで」


「そうだね、本当そうだね」


 抱きしめる力を強める。

 抱きしめられる力も強くなる。


「これから新しい記憶を作っていこうね、美咲」


「――うん!」



 誰が運命をいじったかは知らないけれど。


 最後の十日間の、一番最後に奇跡が起こった。

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