ドラゴンテイル・1~〈竜の友〉と小さな卵

四號伊織

 〈竜の友〉は孤独な生き物だ。

 人の身で竜のねぐらに一人むかい、どの国の言葉どの竜の鳴き声とも違う言葉を用いて竜と交渉していく。無事交渉が成立すれば〈竜の友〉は一つの卵を得る。わけてもらった卵を孵し、人里から離れた山野で竜を育てていく。それが〈竜の友〉だ。

 この行為が人間側はともかく竜側にどれだけ利があるのか、正直誰もわかっていない。竜が一度に産む卵は多くても三つ。その一つを異種に渡すのだ。なにかしらの理由があると考えるべきだが、今のところ決定的な解はない。

 そうして手に入れた卵を〈竜の友〉は一人で孵化まで世話をする。強固な殻は生半可なものでは傷もつかないが、「竜は卵のうちから世界を見ている」という。この時期にいかに静かで安定した環境を用意し、自分を〝身内〟と強く認識させられるかが竜と〈竜の友〉の未来を決めると言ってもいい。

 〝最長生の〈竜の友〉〟と讃えられ、多くの〈竜の友〉が師と仰ぐエカレ・オンドゥートは、この時期常に卵を抱きながら同じ歌を聞かせていたという

 〈エカレの子守歌〉と呼ばれるその歌は、彼が育てたすべての竜とその子孫に通じる。たとえば、もしシスラ山の溶岩を越えねばならないようなときがきたら──それは人にとってかなりの無理難題なわけだが──〈エカレの子守歌〉を歌うといい。かの山に住む〝老火〟、もっとも古い赤竜が必ず力を貸してくれるはずだ。

 人里から離れてすごし孵化させた幼体がどのように育つか。人の子がどう育つかわからないのと同じで、竜の子もどう育つかわからない。己を無二の友と理解させるまで他の人間を容易く近づけてはならず、そこから一年ほどかけ、竜自身を育成しつつ、次は竜を人のいる環境に慣らしていく。

 ──という労苦に比して〈竜の友〉はそれほど実入りが多いわけでもない。人間社会と距離をおかざるを得ないうえに、竜に頼めることはいくらかの力仕事か、それぞれの生まれに応じた術がいくつか。それらを使える時期も限られており、資金を得るというにはあまりに心もとなく不安定だ。苦労を重ねる割にこれだから、当然〈竜の友〉は職業としては人気のあるものではない。

 こういう生業を選ぶ人間がどんな類か、勘のいい人ならば察しがつくだろう。そう、人が苦手で山野にいるほうが落ちつくような、ゴーチェ・オンドゥートのような人間だ。


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