第3話 意識戻らず
もう昼を過ぎていた。車は近くの駐車場に停めてある。駐車場に着いて料金を払うと車に乗り込んだ。
男については何も分からなかったので、どうしようかと考えていたら携帯電話の音が鳴った。見ると部長からだ。
「はい」
「丁の字か?」
「・・・・」
部長の大きな声が耳に刺さる。それにしても、うちには私の名前をまともに呼ぶ奴はいないのか。
「はい、丁字です」
「丁の字、瀬皮が事故った」
「えっ」
「病院に運び込まれた」
「ええっ、大丈夫なんですか?」
「いや、大丈夫じゃないと言うか、とにかく病院に来てくれ、箱崎市民病院だ」
「あ、でも・・・・」
切りやがった。
大丈夫じゃないってどう言うことだ。怪我が酷いのか?
どんな事故なんだ?
午後から特集の記事を書かなければならない。主任に電話をいれて、代わりの人を探してもらった。
あれこれ思い巡らせ、浮き足立つ心持ちで車を運転した。
2時間程すると、病院に着いた。受付で瀬皮の病室の場所を聞くと、五階の外科病棟にエレベーターで上がった。
五階でエレベーターから出ると右と左に廊下が分かれている。
左すぐに、看護士の詰所があり、その奥に重病人を看る集中治療のスペースが見えている。
詰所で聞くと、瀬皮の
病室は詰所のまん前の部屋だった。
病室の戸を横に引いて開けた。
「よう」
部長が振り向いて、軽く手を挙げた。
私は、軽く頭を下げて中に入ると、部長の向こうでベッドに寝ている瀬皮が目に入った。
瀬皮の頭には包帯が巻いてある。窓側に点滴の台が置いてあり、頭の方にバイタルチェックのモニターが置いてあった。
見たところ酷い怪我は、して無いようで、眠っているようだった。
「どうですか?」
部長に尋ねると、その怖い顔が更に怖くなった。
「山道を車で走ってる時、崖下に落ちてな、頭を強く打ったらしい。幸い、大きな怪我はして無いんだがな、意識が戻らないそうなんだ」
「意識ですか」
「うん、それでな、状態はバイタルが非常に低くて、生命を維持するのにギリギリの線しかないらしい」
バイタルとは、呼吸数、脈拍、血圧、体温、心電図などの体の状態を観る指標で、体温が30度になるなどしたらかなり危ない。
それを、頭の上にあるモニターでチェックしているのである。
「それって、かなり危険と言うことですか?」
「そう言うことだな。それに医者は、原因がはっきりしなくて、様子を看るしかないと言ってる」
「何故こんなことに?」
「今朝、隣の市に行くのに山道を車で走ってたら、山側から動物の様な物が飛び出してきてな、それを避けようとして急ハンドルをきったら、反対側の崖に吸い込まれる様に落ちて行ったらしい」
「後続の車が、見てて、救急車も呼んでくれたんだ」
瀬皮の様子をじっと見ていたら、何処からかすすり泣く声が聞こえてくる。
心霊現象?と思って横を向くと美子ちゃんが居た。
縦も横もでかい部長に隠れて美子ちゃんが椅子に座ってすすり泣いていた。
「それじゃあ、俺達は社に戻らないとだめだから。後は、よろしくな」
部長は、そう言うと美子ちゃんを見て「行こうか、美子ちゃん」と声をかけた。
「嫌です」
美子ちゃんは、強い口調で部長に言った。
続けて私を見て、「丁字さんは、悲しくないんですか!」と攻めてきた。
「私は」
「私は、瀬皮が目を覚ますと信じてるから」
そう言うと、美子ちゃんは、黙りこんだ。
だいたい、私に『頼む』って、どうしろと言うんだ。
「2023年のWBCの準決勝で日本は、メキシコに4対5で負けていた」
何か部長が語り出した。
「9回裏の日本の攻撃はツーアウト。あと一人で終わりだ。絶体絶命のピンチ。誰もが終わったと思ってた」
「しかし、俺は確信していた。絶対勝つと。すると、村上様が打った。逆転さよなら。日本は6対5で勝った。」
「そう言うことだな。丁の字」
「違います」
「と言う事だ」
と言って部長は、美子ちゃんの肩をガシッと掴んで部屋から出て行った。
その行為は、セクハラ?
何が『と言う事だ』だ。
部長の言いたい事は解る。
私は、感が良いところがある。
以前、部長と一緒にタクシーに乗り込もうとした時、嫌な感じがして、直前で部長を制して乗るのを止めた事がある。
そのタクシーは、走り出し交差点に入った所で横から来た信号無視の車にぶつけられた。タクシーは、横転した。
私と部長の見てる前で起こった事だ。それ以来、部長は私に一目置いている。
だから、部長は私なら何か出来るのではないかと思ったのだろう。
もう夕方になっていた。昼御飯を食べて無いのを思い出した。
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