拾い屋
九文里
第1話 写真の男
「ちょうじり」
机の上のレジメから目を離して、後ろを振り向き見上げた。椅子の後ろには瀬皮が立っている。
私は彼を睨んで言った。
「その名前で呼ぶな」
「ア すまん、すまん。つい可愛くて」
「ハァ また呼んだら、お前を"せっちん"と呼ぶぞ。そしてそのうち便所と呼ばれるようになれ」
「すいません。もう、言いません」
瀬皮越しに机の列の向こうにアルバイトの美子ちゃんが立っているのが見える。私を睨んでいる気がする。
私の名前は、
私を"ちょうじり"と呼ぶのは、同僚の
ここは、地方の小さな新聞社の編集室。机の列が三列あり、今は三、四人が机で作業をしている。壁沿いに並んだ書類棚の前を一人、忙しそうに歩いている。何処かで電話が鳴っている。
私と瀬皮は、同期入社で二十代後半の同じ歳である。
瀬皮は、一見やさ男だが、何度もスクープを取ってくる。私もスクープを取ることはあるが、瀬皮には負けてる気がする。
「で、何の用、瀬皮」
「これ、一週間前の東宮市であった高校生の飛び降り自殺の現場の写真。見る?」
と瀬皮がSDカードを差し出してきた。
三週続けて十代の子の自殺が続いていた。
三週間前に、近隣の宝生市で中学生の女子が自宅の部屋で首をつった。
二週間前には、隣の千川市で、小学四年生の男の子が踏切で電車にとびこんだ。
そして、先週、隣の東宮市で高校生の男子がマンションの十階から飛び降りた。
こんなに続けて子供の自殺が続くなんて。
事件や事故が起こると、現場に居合わせた読者が情報やスマホで撮った写真を送ってくれる。瀬皮は、その窓口をしていて、一旦、瀬皮に情報は集まる。私も、一通りそれらには目を通している。
「見る」
と言って瀬皮からカードを受け取ると、ノートパソコンにカードを差し込んだ。
ファイルを開けると、マンションが写った写真が画面に出てきた。
このマンションの十階の通路から飛び降りたのか。この子、死のうと思って下を覗きこんだ時、遥か下のコンクリートの地面を見て、そこに叩きつけられることを思って、どんな気持ちだったのだろう。
写真を次々と見ていった。
現場の慌ただしい様子が生々しく出現する。
警察官が何人も動き回っている。立ち入り禁止のテープが張られている。何人もの野次馬があちらこちらから見ている。
その中で一枚の写真を見ている時に手が止まった。
「あれ、この男見たことがある」
野次馬の後ろから自殺現場を見ている男に見覚えがあった。それは、バケット帽を目が隠れるくらいに深く被り、帽子から左右に出たもじゃもじゃの髪で顔が隠れ、古ぼけたジャンパーを着た、背の低い小太りの男だった。
「どれ?」
と言って瀬皮がパソコンの画面を覗きこんできた。
いきなり私の顔の横に瀬皮の顔が現れたので、驚いて思わずのけ反った。
「どいつ」と言って、瀬皮は画面を凝視している。
私は不覚にも、一瞬ドキッとしたのだが、一時的な心不全だと思って気にしないことにした。
「確か、二週間前の小学生の自殺現場の写真に似たような人物を見た気がする。」
と私が言うと、瀬皮が言葉を返してきた。
「一連の自殺現場の写真はこのメモリーに入ってるよ」
瀬皮の言葉を聞いて二週間前におきた事件『千川市小学生自殺現場』のファイルを開いた。
電車が止まって人がざわついている慌ただしい画面が出てきた。
私は、姿勢を正して画面を食い入る様に隅々まで探す。
瀬皮もじっと画面を見つめている。
「いたっ、こいつだ」
何枚目かの写真の中に見つけた。バケット帽を深く被りもじゃもじゃ髪の男が、野次馬の後ろの方に立っている。
その男を指差して瀬皮の方を振り向くと真横に顔があった。
またしても、心臓が一発打った。
瀬皮も私の指先を見る。
「本当だ確かに、同じ人物みたいだ」
「もしかしたら、三週間前の女子中学生の自殺現場にもいるかも知れない」
私は、『宝生市女子中学生自殺』のファイルを開いた。
写真を送っていく。
自殺した子の自宅であろう家が写ってる。家の前にはパパトカーが二台停まっている。警察官の姿が見える。家の前に一般の人がちらほら怪訝そうに歩いている。
十数枚、全部の写真を見た。
「いないみたいだな」
瀬皮が画面を見て呟く。
私は、もう一度始めから見直していく。
「あ」と声をあげて手を止めた。
「ほら、ここ」
今度は瀬皮を見ずに指差した。
「あっ」と瀬皮は、声を出した。
写真の中には、一見それらしい人物は写っていなかった。指差したのは、家の前の道路の角に立つカーブミラーで、そこに角を曲がった所に立って家を見上げている例の男の姿が写っていた。
「さすが、ちょうじ・・・」
"ちょうじり"と言おうとした瀬皮を横目で制した。
「この男、一連の自殺と何か関係があるのだろうか?」
「明日の午前中、時間があるから一週間前に自殺した子の家に行ってみるわ」
「俺は明日は、朝から山越えで隣の市に取材の約束があっていけないけど」
私は、ファイルをコピーしてSDカードを瀬皮に返した。
瀬皮が自分の席に帰って行くのをチラッと見ると、アルバイトの美子ちゃんが私を睨んでいた。
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