19
その夜、知也と奈美恵は夜景を見ていた。東京に比べるとそんなにきれいじゃない。だが、とてもきれいだ。東京はもっときれいなんだろうな。もうすぐ東京に住む事になったら、毎日素晴らしい夜景を見る事になるだろう。だが、そんなのを喜んでいる暇なんてない。その先の大学受験、そして就職に向かって頑張らなければならないだろう。
「夜景、きれいだね」
「うん」
奈美恵は感動していた。東京ほどじゃないけど、夜景は見ると感動する。どうしてだろう。
「東京の夜景は、もっときれいだと思うよ」
「そう?」
奈美恵は知っている。東京の夜景はもっと壮大だ。きっと知也も気に入るだろう。
「うん。絶対に気にいるよ」
突然、奈美恵は知也の肩を叩いた。今日まで頑張ってきたねぎらいだろうか? それとも、今夜で最後かもしれないと思っているんだろうか?
「いよいよ春から東京での生活だね。頑張ってね!」
「うん!」
だが、知也は少し浮かれない。奈美恵と過ごす夜も、これが最後かもしれない。明日になれば、奈美恵がいなくなるかもしれない。家庭教師としての使命を果たして、天国に行ってしまうかもしれない。そう思うと、今日この時を大切にしないとと思えてくる。
「どうしたの?」
奈美恵は、知也の表情が気になった。何を考えているんだろう。恥ずかしがらずに言ってみてよ。だって、私の生徒じゃないか。
「何でもないよ」
だが、知也は言おうとしない。だが、奈美恵にはわかっている。明日にいなくなるかもしれないと思っているんだろう。
「ふーん・・・」
知也は勇気を出して、思っている事を話そうと思った。明日、いなくなるかもしれないからだ。
「合格したら、奈美恵先生、どうなるの?」
奈美恵は悩んだ。ここで家庭教師として頑張ってきた。だが、その使命は終わった。終わると、天国に行ってしまうかもしれない。それは嫌だ。もっと知也と一緒にいたい。だが、もうすぐお別れかもしれない。
「さぁ、どうなるのかな?」
奈美恵は笑みを浮かべた。知也には、あまり気にしないでほしい。出会いと別れによって、人は成長していくのだから。そして、いつか、私と過ごした日々を思い出すだろう。
知也は時計を見た。もう夜も遅い。明日は中学校だ。そろそろ寝ないと。
「おやすみ」
知也はベッドに横になった。奈美恵はその様子をじっと見ている。それは、まるで麻里子のようだ。本当の母じゃないのに、どうしてそう思えるんだろう。
「おやすみ」
知也はすぐに目を閉じた。知也も奈美恵も嬉しそうな表情だ。専願に合格したからだ。これで自分の未来が開かれた。これから、大学、社会人と頑張っていかなければ。
知也がすっかり夢の中に入って、日付が変わりそうな頃、奈美恵はじっとしていた。いつ、自分は天国に帰るんだろう。そして、転生をするんだろう。その時は刻一刻と近づいているように見える。静かに過ぎていく夜の中で、奈美恵は感じていた。
突然、奈美恵の頭上から光が差してきた。天国に帰るんだろうか? つまり、知也と別れる時が来たんだろうか? そう思うと、奈美恵は目を閉じた。去年の夏から過ごした日々が走馬灯のようによみがえる。思い出すと、泣けてくる。だけど、どれもこれも思い出。やがて忘れ去られていくだろう。だけど、知也の心の中には残り続ける。
奈美恵の体は薄くなっていき、そして消えていった。天国に帰ったのだ。そして、光が消えた時、奈美恵はいなくなった。
それを知らない朝、知也はいつものように目を覚ました。奈美恵は今日もいるんだろうか?
「おはよう、って、あれ?」
だが、そこには奈美恵の姿はいない。まさか、使命を果たしたので、天国に帰ったんだろうか?
「天国に帰っちゃったのかな?」
知也はカーテンを開け、空を見上げた。だが、奈美恵の姿はいない。だけど今頃、天国にいるんだろうか? 自分には姿が見えなくても、遠い空から見ているんだろうか? そう思うと、奈美恵がいなくなっても頑張らなければと思えてくる。
「ありがとう、奈美恵先生。何になりたいかわからなかったけど、君に出会って、決める事ができたよ。いつか、君の夢を歩きたいな」
知也は決意した。奈美恵が果たせなかった夢を、僕が歩んでいこう。君の夢を歩んでいけば、奈美恵も喜んでくれるだろう。
それから7年後の春、東京のとある中学校の演台に1人の新任教師が立った。山崎知也先生だ。知也は、高校、大学を経て、教員になった。今、奈美恵が果たせなかった夢への第一歩を踏み出したのだ。
「・・・、というのが、私が教員になったきっかけです。だから皆さん、一期一会を大切に、生きてください」
知也は、奈美恵と出会った事、それによって成績が上がり、将来何になりたいかが決まった。一人一人との出会い、それが大切なんだ。そして、人との出会いによって、人は成長するのだ。
「ありがとうございました」
来ていた人々は拍手を送っている。そしてその中には、知也にしか見えないが、奈美恵の姿もある。奈美恵はいつの間にか、涙を流していた。自らが果たせなかった夢を、知也は引き継いでくれた。ここまで成長してくれて、本当にありがとう。
僕の家庭教師 口羽龍 @ryo_kuchiba
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます