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 11月下旬になった。季節はすっかり秋になり、外は徐々に寒くなってきた。次第に冬の足音が聞こえてきたようだ。今は紅葉の時期で、紅葉の名所は多くの人で賑わっている。彼らは、紅葉狩りを楽しみ、日々の疲れをいやしている。


 だが、知也にはそんな余裕もない。高校受験だからだ。全く油断できない日々が続く。共進学園の入試に合格するためには、全く油断できない。もっと頑張らないと。知也はまったく遊ばずに、受験勉強ばかりしていた。全てはこの家族のためだ。この受験が、家族の運命を決めるんだ。そんな思いで臨まないと。


「疲れたなー」


 休憩の時間になった。知也は50分勉強して10分休憩というペースを変えていなかった。これが中学校の授業のリズムにあっている。だからこのリズムがいい。


「あと3か月を切ったから、頑張ろうね」

「うん」


 奈美恵はいつものように応援している。この頃になると、勉強が進まずに、奈美恵に頼る事が少なくなった。成長した証拠だ。奈美恵はそんな知也を、温かく見守っている。まるで恋人のようだが、家庭教師と生徒だ。


「寒いなー、暖房をつけないと」


 寒くなってきた。知也は今シーズン初めて暖房をつけた。それを感じると、受験が近づいてきたんだと感じる。ドキドキしてきたが、立ち向かわないと。


 と、奈美恵は外を見た。まだ冬ではないが、外は寒い。奈美恵も徐々に受験が近づいていることを実感した。


「もうすぐ冬なんだね」

「うん」


 知也は奈美恵の横にやって来た。一緒に外の景色を見ようというのだ。


「知也ー、ちょっと来て」

「何?」


 突然、母の声が聞こえた。もう夜も遅い。普通だったら寝ているはずなのに、何だろう。見せたいものがあるんだろうか?


「ちょっと行ってくるね」

「うん」


 知也は1階に向かった。ダイニングからは、ごはんのにおいがする。夜食だろうか?


「何か作ってくれるのかな?」


 知也は1階にやって来た。テーブルの中央には、土鍋がある。


「母さん、何?」

「鍋焼きうどん作ったんだけど、食べる?」

「うん」


 知也は土鍋の中を見た。そこには、鍋焼きうどんがある。具は、ネギと天ぷらと卵だ。とてもおいしそうだ。そして、あったまりそうだ。


「どうぞ」

「いただきまーす」


 知也は鍋焼きうどんを食べ始めた。とてもおいしい。受験勉強を頑張っている僕のために作ってくれたんだろうか? とても嬉しいな。


「おいしい!」

「ありがとう」


 麻里子はおいしそうに食べている知也を見て、嬉しそうだ。知也のために愛情を込めて作った夜食だ。おいしいと言ってくれた。


「受験シーズンの寒い時には、これを食べたほうがいいかなと思って」

「ふーん・・・」


 と、麻里子は自分の受験シーズンの事を思い出した。あの時も、受験シーズンに母が鍋焼きうどんを作ってくれたな。とてもおいしかったな。


「私の受験シーズンもそうだったな。お母さんが作ってくれたんだ。とってもおいしかったな」

「そうなんだ」


 知也は驚いた。そして思った。ひょっとして、丈二郎も奈美恵も、受験シーズンに鍋焼きうどんを作ってもらったんだろうか?


「おいしかった?」

「うん」


 知也は食べ終わると、再び2階に向かった。また受験に向けて頑張らないと。


「受験、頑張ってね」

「わかったよ」


 知也は2階の部屋に戻ってきた。


「何だったの?」

「お母さんが鍋焼きうどんを作ってくれたんだ」


 知也は嬉しそうだ。きっとおいしかったんだろうな。だけど、私はもう食べられない。なぜならば、幽霊だから。


「そっか。においでわかった。私の受験シーズンもそうだったな。冬にお母さんが作ってくれたんだ」

「奈美恵先生も?」

「うん」


 やっぱり作ってもらったんだ。とてもおいしかったんだろうな。


「これが伝統なのかな?」

「そうかもしれない」

「思い出すなー、受験の頃にお母さんが作ってくれた鍋焼きうどん」


 奈美恵は、母が作ってくれた鍋焼きうどんの事を思い出した。




 それは、高校受験の頃だった。その頃から奈美恵は、教員になろうとしていた。教員になるためにはもっと受験勉強を頑張らなければならないと思っていた。そのためには、いい高校に行かないと。両親は、そんな一生懸命な奈美恵を応援していた。


「奈美恵ー」


 突然、母が奈美恵を呼び出した。何だろう。


「何?」

「鍋焼きうどんを作ったんだけど、食べる?」

「うん」


 奈美恵は1階のダイニングにやって来た。テーブルには鍋焼きうどんがある。とてもおいしそうだ。


「いただきまーす」


 奈美恵は椅子に座り、鍋焼きうどんを食べ始めた。あったかくて、とてもおいしい。奈美恵のために、母が作ってくれたのだ。そう思うと、よりおいしく感じる。


「おいしい?」

「うん」


 奈美恵の母は、笑みを浮かべて奈美恵を見ている。あの時は、教員になろうとしている奈美恵に期待していたんだろうか? まさかその7年後、交通事故で死ぬなんて、この時は全く知らなかっただろう。いや、その時まで知らなかった。


「受験、頑張ってね」

「うん!」


 奈美恵の母は一生懸命応援している。だから、自分も一生懸命、高校受験をしないと。


「お母さん、応援してるから、頑張って!」

「わかった! 私、お父さんやお母さんのような教員になるから、見ててね!」


 奈美恵は笑みを浮かべている。子供の頃からの夢じゃないか。絶対に実現してやる。そして、両親を超える教員になるんだ。


「奈美恵、期待してるよ」

「うん」


 奈美恵の母は奈美恵を応援していた。この子が我が家の未来を作っていくのだと思っていた。




 知也は悲しそうな表情で聞いていた。期待されていたのに、交通事故で死んでしまうなんて。現実はあまりにも残酷なものだ。


「そうだったのか」

「うん。でも、先生になれなかったんだ」


 奈美恵は泣きそうになった。教員になりたかったのに、なれなかった。私は全く悪くないのに。悪いのは、交通事故を起こした人なのに。


「悲しいよね」

「うん」


 知也は泣きそうな奈美恵の頭を撫でた。つらいだろうけど、一緒に頑張ろう。泣いてばかりいちゃ、先に進まない。


「大丈夫大丈夫」

「えっ!?」


 ひょっとして、知也は私の事が好きなのでは? 奈美恵はびくっとなった。


「い、いや、何でもないよ」

「そう」


 知也は照れている。何かを言いたそうだけど、なかなか言えないようだ。その様子を、奈美恵は不思議そうに見ている。

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