料理人見習いのペール君は獣人島から逃げ出したい~逃げたいのに、モフモフ耳とシッポの女の子に胃袋を捕まれてしまったぁ~

月杜円香

第1話  俺は本当はどうしたかったのか……

「はう……」


 俺は船のデッキにもたれて、盛大な溜息をついた。

 助けられたのだ。

 逃げ出せられたのだ……

 なのに、この苦しい思いは何なのだろう……。

 何かをあの島へ置いて来た気分だ。


 ▲▽▲


 俺,

ペール・ルイス。16歳で料理人見習い。古王国ヴァーレン皇国の首都テルシオの出身だ。

 両親を幼い頃に亡くしたせいもあって、叔父の経営する料理屋、『とんびの爪亭』で料理人の見習いをしていた。


 ある日、お昼の忙しい時間帯に悪名高い、侯爵家の次男坊が『鳶の爪亭』に現れた。それで、酒を要求してきやがった。


 こういう馬鹿な奴はいるもんだな。

 昼から酒だって!?

 こっちは、大衆向けの料理屋だってのに!! それだって、叔父さんが、若い頃から大国の王都の有名レストランで、修行してたから出せる味なんだぜ。

 今は、叔父さんの味を盗むことに余念がないって大事な時に!

だが、接客も仕事の一つ。


「お客様、当店は、食事のみの営業です。お酒をご所望であれば、裏通りへ行かれたらどうですか?」


「馬鹿者! 安酒屋しかねーだろ! オレは侯爵家の次男だぞ!

 わざわざ、こんな安飯屋にまで来てやったんだ。酒ぐらい、早く出せ!」


「ですから、当店にはお酒は置いてありません」


 というより早く、手が飛んで来た。

 俺の腹にストレートに決まった。

 こみ上げるものを堪えてうずくまる俺……。


 周りの客が悲鳴を上げた。

 侯爵令息は、その悲鳴で余計に頭に血が上ったらしく、蹲ってる俺の背中をガンガンっ蹴って来やがる。

 だけど、手だけは出しちゃいけない。

 向こうは客、料理を食べて大人しく金を払ってくれればね……。


 騒ぎが大きくなって、警備騎士が来た。令息は逃げ道を塞がれた。

 俺を蹴ることに夢中で、逃げるタイミングを逃していた。


 俺が記憶を手放す前に侯爵令息は、警備騎士に連れて行かれ、日頃の行いの悪さも重なって、当分神殿預かりの身となったらしい。


 俺は、全治二週間の打撲の怪我を負った。若いから回復も早いだろうと治療師が言った。


 どうにもならないのは、『とんびの爪亭』のことだった。


 ヴァーレン皇帝、ディルシオの側近と言われる、レスター侯爵に目を付けられたのだ。

「侯爵家の家名に泥をぬった店」と首都では有名になってしまった。


「叔父さん、どうするの?」


「それよりも、お前だ!! ペール!!」


「俺?」


 俺は、まだこの時には、自分の置かれた立場が分かっていなかった。


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