第6話 病王を支えしもの

「そうであろう。それが最良の策だ。見事なり、英雄王」


 どれ程不利であろうとこの手勢ではあの軍は落とせない。


 そう、本来ならば。


 家臣達がこの後どう動くかと待ちわびている最中「例のもの」を取り出す。それは


 「真の十字架」と呼ばれるもの。かつて主イエス・キリストが磔刑に処された際に使われたと云われる真正の十字架。


 幼き日、初めて病を知った日を思い出す。



 悲嘆に暮れ、涙を流し、嗚咽を漏らしていたあの時。

 私はハンセン病に罹った。もう未来などないではないか。

 神よ、あなたは私に死ねとでも言うのか?


 そこに一人の少年が現れた。


 その少年は絹の様な梳いた髪を持ち、雪よりも白く、可憐な心の持ち主と一目で判

る程に純粋であった。


「ボードゥアン、君は辛いよね。でもね、天のお父様は無意味に君を創った訳じゃない。君は後の世の中で偉大な王として語り継がれていくよ。もし、君のことを判ってくれる敵と巡り合うなら、その時は十字架の前で祈って。その時、君は奇跡を熾すよ。君の人生は綺麗ごとではないかも知れない。君は王として辛い人生を歩むかも知れない。でもね」


 そう一泊置いて少年は語った。


「君達がなすことが後世の騎士達に理想を抱かせるきっかけになるんだ。雄々しくありなさい。主があなたと共におられる」

「見知らぬ方よ、あなたはどなたですか?」


 自分が問い、少年は微笑むと去って行った。




 今だからこそ判る。『あの御方』が何者であったのか。神が遣わした聖者であられたこと。そして、今こそが預言が成就する瞬間なのだと。


 十字架の前に跪き、大声で嗚咽を漏らす。


 自らの境遇を恨んだ時もあった。それでも主よ、あなたは見捨てないで下さいますか? 世界で嘆いている魂の叫びを聴き入れたまえ。私は病王として長くは生きられないでしょう。それでも、この王国を護らせて頂けますでしょうか? お答えになって下さい、我が主よ。苦しむ者達の叫びを無為にしないで下さい。あなたは我が盾。我が砦。正義を洪水の様に注いで下さい。今日戦う兵達の為に祈りを捧げます。敵の軍勢の魂の為に祈りを捧げます。


 騎士達も兵も静かに沈黙し、自分を見守り続ける。そして哀哭の中で祈り終えると静かに馬に跨り、声を挙げた。


「太陽は沈み、闇に満ちよう。それでも、太陽はいつか再び昇る。今我がクルスは太陽と共にあらん。視よ、太陽を。煌々と輝き続けている。太陽の放つクルスが我々にはある。そして、主なる神の十字架も」


 そう語り、兵達を叱咤する。


「私に続け! 神に栄光あれ!」


 その瞬間、全ての騎士と兵は地を揺るがす怒涛の声を挙げた。

 そして、単騎で駆けだすと我も負けじと騎士達が咆哮しながら敵に正面突撃を行う。歩兵も負けじと駆けだす。


 祈れ、祈れ、そして祈れ。そうすれば奇跡は熾きる。いや、熾してみせよう。それこそ自分が病に冒された理由だとすれば。それすらも奇跡の土台に使ってみせようではないか。


 地は戦き、今騎士と兵達の咆哮により正しく揺れている。

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