第17話ブティック・ゴッサム

 あの「悪趣味なお人形」が消えていった方向は、意外にも王都で富裕層が住んでいる高級住宅街の方角であった。


 私とソフィはあっちこっちで人にさっきの人物の消息を訊ねながら王都を駆けずり回った。何しろ存在感が抜群の人物だったので、あの人物がどこの誰で、どこにお住まいの人物なのか、特定に時間はかからなかった。




 あの衝撃の邂逅から三十分も経っただろうか。


 私たちは遂にその人物の居所を確認し、今その人物が住まいを為しているらしい場所の前に立っている。


 ゴクリ、と、その魔窟――もとい、服飾店の前で、私たちはその仰々しい看板を見上げて唾を飲み込んだ。




「『ブティック・ゴッサム』――ここだ」

「な、なんだかよくわかりませんが、字面からして物凄い威圧感ですね――!」




 ソフィが震える声で言った。確かに、店は既に閉店時間で閉店しているらしく、外見は普通の服飾店でしかないのに、それでも自ずから漏れ出てくる気配が普通ではない。まるで魔王城の正門の前に立っているかのようなどす黒いオーラが「ゴゴゴゴ」という効果音とともに漏れ出てくるのが聞こえてきそうだ。


 『ゴッサム』という謎の単語の語感、そしてオーラだけで「なんかヤバそう」と思わせる、この圧倒的な感じ――なるほど、これは正しくあの人物が支配している城であるに違いなかった。




 意を決し、私は動いた。


 震える手を懸命に伸ばし、ブティックのドアをノックしようとする私に、ソフィがぎょっとした。




「お、奥様、本当に行かれるんですか――!?」

「――本当にも何も、会ってみないとどんな人なのかわかんないよ。何しろあんなにお飾ってた人だもの、今後も私がお飾り続けるためには是非とも会っとかないと――」

「そ、それはそうですけど、なんかやっぱり普通じゃありませんよ、この店!!」




 ソフィの言葉に、一度は固めかけた私の覚悟が揺らいだ。


 ソフィは翻意を促すかのように必死になって言い張った。




「奥様、せめてまた日を改めてということには出来ませんか!? この店からはなんだか嫌な予感しかしません! 奥様の身に万が一のことがあったら、私――!」

「そんな……大袈裟だよ。話を聞く限りはただの服屋の人らしいじゃん。別に私を取って喰ったりしないでしょ、多分」

「多分、って――! 奥様も少し不安に思ってるじゃないですか、その口ぶり! このオーラを感じているのでしょう! この店の主人が人間に身をやつした魔族で蟻地獄みたいにやってきた人間を攫って喰ってると言われても全然納得しますよ、私!」

「大丈夫だって、蟻地獄の扱いなら慣れてる。昔からアリを攫ってきては蟻地獄の巣に落として餌付けする遊びやってたし。もしこの中の人が蟻地獄の魔人ならきっと感謝してくれるよ」

「そ、そんな! 蟻地獄に餌付けだなんて――! 子供特有の残酷性丸出しの遊び方――! 奥様は餌にされたアリのお気持ちを考えたことはあるんですか!? 奥様は人でなしでいらっしゃいます!!」

「うるさいわねぇ、もう閉店よ」




 その瞬間、店先であまりにもギャーギャー喚き散らしている私たちを邪魔くさく思ったのか、ブティックのドアがなんの前触れもなく開き、私はギャアと悲鳴を上げて腰を抜かした。


 その場に尻餅をついた私を睥睨したその人物が――私の顔を見て、おや、という表情になった。




「んん? あなた、なんだか見覚えがある子ね? 私たち、どこかで会ったかしら?」




 低く、野太く、やはり男のそれとしか思えない声――。


 なのにその言葉遣いは女性のもので、しかもどこかに何らかの艶と、圧倒的な人生経験に裏打ちされた芯のようなものを感じる声だった。




 それにしても――やっぱりこの人、世の中の大多数の人間の傾向には当てはまらない人物であるらしい。


 さっきの悪趣味なお人形の格好はしておらず、如何にもお洒落な王都っ子らしいラフな格好ではあるものの、その筋骨隆々の身体に見合わず、服の装い的はやはり女性のそれであるし、さっき見たケバケバしい化粧は健在であった。


 世の中には女装趣味というものがあって、男性が女性の装いをして楽しむ、もしくは男性が女性として生きるということも場合によっては有り得ることだとは聞いていたが――ここまでド派手に「女性」をしている男性には、いまだかつて出会ったことがなかった。




 突然やってきたあちらからのアプローチに慌てつつも、私は実に数十秒をかけて立ち上がり、ドレスの尻を叩いて、ようやくその人物の顔を真正面から見つめた。




「あ、あの、私、さっき、王都の下町の広場で、あなたに――」

「下町の広場? ――あーあー! 私がお散歩してたときにベンチに座っていた子ね! 可愛らしい子だから覚えてたわ!」




 破顔一笑、という感じで笑顔になってから、その人物は急に真顔になった。




「んで、私になにか用?」




 なんだか、物凄く切り替えが素早い人なのは、今のやりとりでわかった気がした。


 私は二、三度胸を叩いて呼吸を整え、ゆっくりと切り出した。




「あの、私、これでも東の農村地帯を治めるリンプライト男爵の娘で、グレイスといいます。あの、私、とある用事があって王都に来たんですけど、さっきのあなたの装いを見て、ちょっとこのお店に興味が湧いて――」




 私の言葉に、えっ、とその人物は目を丸くした。


 その男とも女ともつかない人物は、物凄く濃ゆい化粧を施した顔で私をじっと見つめ――そこからやおら唇を歪め、思わせぶりな含み笑いをした。




「……ふん、ただ可愛らしいだけの娘かと思っていたけれど……意外に見どころがある子らしいわね、あなた。この新進気鋭の服飾デザイナー、レイモンド・ステイサムに興味を持つなんて、面白い子――」




 レイモンド・ステイサム。なんだかまた、物凄い響きの名前の人物であった。


 まごついている私に向かって、ステイサム氏はにっこりと柔和にほほえみ、物凄く長い付け爪をつけた厳つい手を私に向けた。




「いいわ、気に入った。――もし時間が許すなら、私の自慢のコレクションを見ていく?」




 その申し出に、私はパッと顔を輝かせた。




「い、いいんですか!?」

「あらあら、あなただってそのためにここを訪ねてきたんでしょう?」




 うふふ、と、ステイサム氏は野太い声で笑った。




「この店はただの服飾店じゃないの。私の理想を理解できる人にだったら、二十四時間、雨の降る日も風の吹く日も常に開かれている神殿だわ。――さぁ、そこの付き人らしい子も」

「は、はい!? 私ですか!?」

「あなた以外に誰がいるのよ。あなたも是非中を見て行って。あなたたちの理想はきっとこの中にあるわ。ささ、遠慮なく入って」




 その言葉に、私はいそいそと店内に入った。


 少しまごついていたソフィも、私が覚悟を決めて店内に入ったのに勇気づけられたのか、「お、おじゃましま~す……」というか細い声とともにドアをくぐった。



◆◆◆





ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


なかなか更新できなくてすみません……。

現在、激便秘中でなかなか続きが捗っておりません。

しばらく亀更新になるかもしれません。


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