第13話まずは行動
「び、び、びっくりした……」
メレディア家は綺麗好きの家らしく、珍しいことにこの屋敷には広い浴場がある。
その広い湯船に浸かりながら、私はまだトゥンクトゥンクとお洒落な音を奏でている胸を両手で押さえた。
まさか、まさか自分のような女に、人並みの乙女成分が含まれていたとは。
そのことに一番驚いているのは自分自身だったし、なんだか未だに顔が熱い。
うーっ、と唸って、私はお湯を手ですくってごしごしと顔を洗った。
まさか、アデル様があんなふうに笑うなんて。
それを考えただけで、私の心は前代未聞の動揺に震えてしまうのだった。
思えば今までの人生で、男の人に微笑みかけられたことなんて数えるほどしかない。
まともな貴族の人生どころか、まともな人の人生がなかなか送れなかったド貧乏な人生において、男性の視線なんて気にしたことはないし、気にすることはできなかった。
それだから当然、性別が女であるというだけでチヤホヤしてもらうことなどなかったし、どちらかといえば「女のくせに」と蔑まれさえすることが多かった人生において――あんなふうに優しく接され、しかも笑いかけられることなど、今までにないことだった。
それに――私は胸に手を当てて、さっき起こったことを脳内に反復した。
アデル様の手、ゴツゴツしていて筋張っていて、私のそれとは全く違っていたし、今まではそう思っていなかったけれど、いざ抱き留められたら、身体の大きさが私とは全然違った。
すっぽりと、まるでアデル様の全身に包まれるように抱き締められた時に感じた体温、そしてアデル様の香り、溢れるような笑顔――それを思い起こすだけで、お湯の熱さとは別の熱が全身を際限なく温めた。
もし、もしアデル様に、事故ではない形で抱き締められることが、今後あるとしたら――。
と――そこまで考えて、私はあまりの恥ずかしさに、バシャバシャと音を立てて何度も何度も顔を洗った。
四回も顔をごしごしと擦って、私はお湯の水面に映った自分の顔を見つめた。
薄暗いお風呂場でもわかるほど、自分の顔は乙女そのものの表情で、しかも真っ赤っ赤。
野生児同然で野山を走り回り、女性らしさの欠片も持ち合わせていなかっただろう昨日までの自分の顔ではなくなっている。
その顔を見つめながら――私は羞恥心とは別の、ある冷えて冴えた納得をも心の中に感じていた。
アデル様が、派手にお飾っている私を見て、笑った。
今まで渋面を浮かべて私の言動を眺めるばかりだったアデル様が――笑った。
「やっぱり――」
私は湯船の中でひとりごちた。
「やっぱりアデル様、派手にお飾ってる女の人が好きなんだ――」
昨日までは半ば当てずっぽうの思いつきだったその発想が、いまや確信に変わっていた。
アデル様は、派手に着飾り、目立つ格好の女の人が好き。
だから、派手にお飾っている私を見て、思わず笑ったのである。
ということなら――私はお湯の中で拳を握りしめた。
それがわかったなら、明日からもボヤボヤしていられない。
毎日毎日、アデル様の期待に答えるために、派手にお飾らなければならない。
それもなるべくアデル様の目につくように、メイドたちも笑顔にできるように、奇抜に。
しかし――私はそこで一抹の不安を感じた。
今日のバレリーナの衣装だって衣装部屋をひっくり返して探して、ようやく見つけた一着であり、あの衣装以外の服はみんな普通の社交用の衣装なのだ。
服飾係のおばさんも悪い人ではないけれど、どちらかと言えばメイドとして常識的な人であるらしいから、今後アレ以上に派手な服を要求し続けたら困り果てるだけであろう。
今後も継続的に、しかも今日のバレリーナ以上に派手にお飾り続けるためには、どうしても別の才能や知見を持つアドバイザーが必要だと思われた。
お飾り続けようとする私の行動を悪しきものとは考えず、それどころか一緒になってノリノリで衣装のアイディアを提供してくれる想像力と、ある意味での破壊力を持ち併せる人が――。
だがそんな人、普通にそこらに転がっているものだろうか。
もしそんな才能があったら、他の人が放っておかぬのではないか。
ちょっと暗澹としかけた私は――そこで大きく首を振り、その思いを振り払った。
「ううん、ゴチャゴチャ考えるより、行動だよね」
そう、行動。それは私の人生におけるシンプルな処世術だ。
腹が減ったら食料を求めて野山を歩き回り、食べ物を探す。
少しいいものが食べたかったら野生のイノシシを素手で絞め殺し、皮を剥いでその肉を喰らう。
今まで普通に何度も何度もしてきたことじゃないか。
ノリノリでイケイケな衣装係を見出すことぐらい、素手でイノシシを絞め殺すよりも何倍も簡単で、しかも安全なことではないか。
なんとしても見出すのだ、まだ世に出ていない、圧倒的な才能を持った人を。
私を生涯お飾らせるに足るバイタリティを持った人物を――なんとしても。
「待っててくださいよ、アデル様――」
私はさっきのアデル様の笑顔を思い出しながら、決意を新たにした。
「何度も何度も何度でもお飾って、必ずお飾りの妻じゃない、真実の妻になってみせますからね――」
私は湯気で霞むお風呂場の壁を見つめながら、その日はその後も長湯して――結果、すっかりと湯当たりしてしまったのだった。
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