第9話お飾りの妻とはこれ如何に
食事が終わり、湯浴みも終わり、寝間着に着替えてベッドに横になっても――先程の夕食のことが気になって眠れなかった。
アデル様、どうしてしまったのだろうか。
少し私が着飾って身綺麗になった途端、何だかいつもの倍以上に態度がよそよそしくなり、目も合わせてくれなかった。
その癖、ふと食事中に視線が合うと、何だかねっとりとした視線で私を眺めた後、急に咳払いなぞをし、気まずく視線を逸してしまうのだった。
ごろん、と、デカいベッドの上でひとつ寝返りを打った私は、あの豹変について考えた。
幸い、今日もカネと滋養をパンパンに胃袋に詰め込んだお陰で、私の頭脳はいつも以上に冴えわたっている。
アデル様のあの反応は――明らかに普通ではない。
それどころか、この半月で一番、変化が見られたと思う。
契約結婚して半月、私は一年後にアデル様と契約結婚の契約を破棄されないよう、あの手この手で既成事実を作ろうと、繰り返し繰り返し迫っていた。
前述したように私はおっぱいぐらいなら全然揉ませるつもりでいたのだけれど、アデル様はおっぱい星人ではないのか、この豊満な乳を前にしても常に塩対応。
デートに誘っても無視するし、夜這いに行っても追い返すし、この間さり気にボディタッチしたらウッカリ騙され、気がつけばアデル様の肩を二時間も揉まされていた始末。
この男の中のオスは死んでいるのだろうか、もしかして意外にアレな人で、十歳以下の小さな女の子とかしか愛せないタチなのだろうか。
いやそれどころかもしかしたら重めのゲイであって、この契約結婚は実は偽装結婚であり、実は日夜オトコと逢引しているのではないか、などと疑ったことも一度や二度ではない。
だが――今日の反応を考えるに、あの人はロリコンでもなければゲイでもないらしい。
アレは明らかにメスを見る目つきだったと思うし、言うたら何だかこちらを意識しているような目つきだったと、いくら私でも気づいていた。
ということは――。
私はもう一度、ベッドの上で寝返りを打ち、壁の模様を凝視した。
あの態度の理由は、思いつく限りひとつしかない。
私が着飾ったことだ。
「どうかお飾りの妻でいてくれないか」
この生活が始まったとき、アデル様はたしかにそう言った。
改めて考えてみると――お飾りの妻、とはなんであろう。
ただ無言で旦那の背後三歩の位置に控えているワイフのことであろうか。
いや、あれはそういう意味ではなかったのかも知れない。
基本的に温厚で弱気なアデル様のことである。
本当は何かもっと違うことを私に望んでいたのではないか。
「どうかお飾ってくれないか」
ん? なんだか流れ変わったな。
眠気に微睡みながら、私の頭の中に響くアデル様の言葉が変わっている。
お飾ってくれないか? なにそれ、どういう意味だろう。
「私はお飾りまくっている女性が好きなんだ。だから君もお飾ってくれないか」
んん? なんだか妙な流れになったぞ。
お飾りまくっている女が好き? お飾りの妻、とはそういう意味だったのか?
実は契約結婚云々という発言自体が建前で、実際はそういうことだった?
私の頭脳が冴えわたった瞬間、頭の中のアデル様がフッと笑い、そして輝かんばかりに白い歯を覗かせ、私に言い放った。
「愛するグレイスよ、どうか私の好み通り、派手に着飾って着飾って着飾りまくってくれないか」――。
これだ屋。
瞬間、眠気に微睡んでいた私の脳髄が発熱し、私はくわっと目を見開いた。
そうか、あのさっきのアデル様の熱っぽい眼差しの理由がわかった。完ッ全にわかってしまった。
つまり――アデル様は派手に着飾った女が好きなのだ。
「お飾りの妻」――それはいわゆる建前で、実際は私に着飾って着飾って着飾りまくってほしかったのだ。
「これは盲点だった……」
ううむ、と私は唸った。
今までのド貧乏人生の中で、確かに私の中に「着飾る」という文化はなかった。
たとえ物凄く気前のいい億万長者からダイヤモンドのブローチをもらったとしても、今までの私なら喜び勇んで質屋に駆けて行ってそのブローチを換金し、食料を買っていただろう。
そう、生まれてこの方、着飾ったことがないから、アデル様の女性の好みがわからなくて当然だったのだ。
そうとわかれば……ぬっふーん! と、私は鼻息を荒くした。
そういうことなら――こちらもそれ相応の対策ができる。
着飾って着飾って着飾りまくって、目立ちまくって、なんとしてもアデル様をオトし、この結婚を真実のものにするのだ。
しかし――私の思考はそこで暗転してしまう。
着の身着のままが当たり前だった今までの人生で、私は派手に着飾った経験自体がない。
そんな私がアレコレ服を取っ替え引っ替えして、宝飾品で飾ることなどできるのだろうか。
いくら服飾係がおり、ある程度はお金も自由に使える状況だからといって、そんな事が本当に可能なのだろうか。
うーん、と唸り、寝返りを打った先で――ちりん、と音がして、私の目の前に真っ黒なもふもふが現れ、金色の目で私を見つめた。
「オスシ――」
オスシは出会って間もないのによく懐いていてくれて、悩む私の鼻先に自分の鼻先を寄せてきた。
私はその頭を撫でながら、微笑った。
「そうだよね、オスシ。ちゃんとお飾りじゃない奥さんにならないと。そうじゃないと、オスシまで放り出されちゃうからね――」
そう、私はもうひとりではない。一人と一匹なのだ。
まだ私には子供がいないけれど、この子だって私が責任を持つべき尊い命なのだ。
「私、頑張るよ。絶対にオスシを放り出させたりしない。絶対にアデル様のハートをゲッチュしてやるから。だからオスシも安心してね――」
その上等なビロードのような毛を撫でているうちに、眠気がゆっくりとやってきて、私は眠りに落ちていった。
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