第7話知らない自分
金持ちって凄い。
私は再び激しく感動していた。
あの後、私を慰め終わった後に部屋に入ってきたのは、この屋敷に専属であるという服飾係とメイドさん数人である。
これもアデル様のはからいである。ドレス一着でそこまで喜ぶのであれば、ここである程度本格的に身だしなみを整えた方がよかろうということで、私はその後、数人がかりで徹底的に身だしなみを整えられることとなった。
だが――私が地味に苦手なことがある。
それはじっとしていることである。
生来の貧乏人、空腹をごまかすために常に山野を駆け巡り、野いちごや果実を食べて飢えをしのいでいたためか、じっとしているとすぐに眠くなるのだ。
案の定、私は物凄くデカい鏡台の前に座らされ、髪に櫛を入れられた時点で、既に眠くなった。
何せ、家にあった唯一の櫛は数年前に質屋に入れてそれっきりで、櫛入れ自体が数年ぶりなのである。
カリカリと心地よく頭皮を掻くその感触に私は爆速で眠くなり――後は何をされたのかよく覚えていない。
とにかく、数時間後に私が肩を叩かれて目を覚ました時には――鏡の前の私は別人になっていた。
今まで文房具用のハサミでなんとか整えていた髪は丁寧に切り揃えられて櫛を入れられて。
日に焼けて浅黒い肌にはしっかりと化粧を施されて。
人生で一度も身に着けたことがなかった指輪やネックレスなどで飾られて。
私であるのに私ではない鏡の中の人物を目の当たりにした瞬間、はっ、と唸ったきり、私の脳みそは派手に混乱を来した。
「アレ? ん?」
「どうしました奥様? どこかおかしいところが?」
「ん? んん? すみません、これ頼んでません」
「はい?」
「あれ? この鏡の中の人どなたですか? ん? ん? 私じゃないですよね?」
それはいつもの洒落や冗談ではなく、真剣な疑いだった。
目の前にいる私――それは間違いなく私ではなかった。
食べるものを追い求めて日夜山野を駆け巡っていた田舎娘は消え果てて――そこにいたのは、まさしく舞踏会や社交界で紅茶なぞを啜りながら口元に手を添えてオホホホなどと笑う、貴族令嬢そのものだった。
「あらあらうふふ、奥様は冗談がお上手ですわね。鏡に映っているのは間違いなく奥様ですわよ」
「う、嘘だぁ――! こんな貴族令嬢みたいな人、私知りませんよ! 早く本当の私を映してください! こら鏡、仕事サボるんじゃない!」
「あらあら、そんな小芝居まで。やっぱり奥様は素材がおよろしいのですよ。少し着飾ればこの通り、凄く艶やかで魅力的に――」
そこまで言われると――どうやら鏡の中の人物は自分そのものであるらしい。
私は眉間に物凄く皺を寄せつつ、どうやら自分であるらしい人物を凝視した。
うーむ、素材がいい、なんて人から初めて言われたけれど――そうだったのだろうか。
ただ生で齧っただけでほんのり甘みを感じる夏野菜のように、私の素材はよかったらしい。
しかし、ただ素材がよいというだけで、ここまで貧乏家の芋娘が貴族令嬢っぽくなるものだろうか。
真剣に驚いて無言になった私に、服飾係のおばさんはこってりとした笑顔で微笑みかけた。
「さぁ、間もなく夕食のお時間です。せっかくの艶姿を旦那様に見せてあげないと」
そう促されて、私は不思議な気持ちで、いつも食事をしている広間へと向かった。
◆
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