第6話私だけのもの
「は、謀ったな――!?」
「謀ってない。っていうか君こそなんでそんなに慌ててるんだ。私に会いたくない理由でもあったのか?」
あぁ、これはもうダメだ。完全に悟られてる。
シュン、と私は肩を落とした。
「アデル様――やっぱり怒ってますよね?」
「え?」
「あれの件、あの件を知って、ここに私を糾弾しに来たんでしょう?」
「あ、あの件? ま、まさか――君はまた何かやったのか!?」
ぎょっとした表情でアデル様は慌てた。
「まさか、君の家のリフォームのローン勝手に組んだだけじゃなくて!? まさか私の名義で企業を買収したり、月面に土地を買ったりして――!?」
ぶんぶん、と私は首を振って、私はがばっと頭を下げた。
「アデル様、ごめんなさい!」
そこで私は、身体の後ろに隠していたものを前に突き出した。
途端に、その真っ黒いものが、にゃーん、と不機嫌そうに鳴いた。
「この子があまりにも……あまりにも可愛かったので、ついつい餌付けしていました! ごめんなさいっ!!」
は――? と、アデル様が呆気にとられた表情になった。
「私、ネコチャン飼ったことないんです! いくら拾っても両親にバレるとすぐに『捨ててきなちゃい!!』って信じられないぐらい怒られるんで、いっぺんも……!」
私は必死になって言い張った。
「でも、でもっ――! この子凄く弱ってたんですよ! 雨に濡れて! だからほっとけなかったんです! 私の食べ残しを食べさせたら凄く懐いてくれて! 今更放り出すなんてできません!」
呆気にとられているアデル様に向かって、私は懸命に頭を下げた。
「ちゃんとトイレの始末もします! 散歩もします! だから飼ってもいいでしょ!? お願いします、もし餌代がかかるって言うなら私の給料から引いても構いませんから――!」
「……最初から給料なんて払ってないだろ。全くもう、そんなことか」
アデル様の柔らかい声に、えっ? と私は顔を上げた。
先程の柔らかな口調とは裏腹に、アデル様は何だか少し不満げな表情を浮かべていた。
「私がたかがネコ一匹を飼うことを許さないとでも? これでも一応貴族だぞ。ネコなんていくらでも飼ったらいいじゃないか」
「ほっ――本当ですか!? いいよいいよって言っておきながら、後で皮を剥いて夕食に出したりしませんよね!?」
「――一応聞いとくけど、それ経験済みの話か?」
「ウサギと鶏でなら経験があります!!」
「そんなトラウマ級の心配はいらない。もう、そんなことなら早く相談してくれればいいのに……」
やったぁ! と心から安心した私はネコに頬ずりした。
「アデル様、この子、きっと大事にしますね!」
「う、うん……」
「あ、アデル様も撫でます? ちょっと気性が粗いし人見知りだから引っ掻かれるかもしれませんけど!!」
「い、いや、いいよ。後でもう少し慣れたらにする。……ちなみに、名前は決めてるのかい?」
「はい! この子、オスシっていいます!」
「お寿司?」
はい! と私は満面の笑顔で答えた。
「お寿司っていう空想上の食べ物があるんですよ! 酸っぱい御飯の上にお刺し身が乗ってる東洋の島国の高級料理の名前です! いいなぁ、叶うことなら食べてみたいなぁって思ってたから……!」
「空想上の食べ物って……ちゃんと実在してるよ……。そんなに食べたいなら後で食べさせるから……まぁ寿司の話はいいんだ。君に渡したいものがある。ほら」
そう言って、アデル様は一抱えの紙袋を前に突き出した。
ふぇ? なにこれ? とアデル様を見上げると、アデル様は何故か少し気まずそうに視線を逸した。
「君、この屋敷に来てから、ずっとそのドレス一着で通してるだろ? もう少しヴァリエーションがあってもいいと思ったから……一応、服飾係と相談して、君に似合うと思うものを選んだ。気に入らなければ仕舞っといてくれてもいいから……」
何故か、言葉の後半は尻切れトンボになった。
一瞬、私の目玉はロンドンとパリに向かって離れて――それが数秒かけて、目の前の紙袋に戻った。
瞬間、私は腕に抱いたオスシを放り捨て、その紙袋をアデル様から奪い取った。
ぶにゃーっ! と、オスシが物凄い声で鳴きながら空中を舞った。
「うえ――!?」
「ほっ、ホントですか!? もらっちゃっていいってことですか!?」
「う、うん――」
「後で質に出すから至急脱げとか言って裸に剥いたりしないヤツですか!?」
「し、しないよそんなこと……」
「更に後でこれ着て客取ってこいとか言うヤツじゃないんですか!?」
「そんなことさせられたことあるの!?」
「流石にありませんけど、場合によっては有り得るのかと!!」
「しっ、しないしない! そんなことはしないよ! 安心していいヤツだから! ここには君の味方ばかりだよ! もう安心していいんだ、な!?」
アデル様に背中を擦られ、私はうーっと唸って紙袋を抱きしめた。
途端に、ぼろぼろと目から涙が溢れて来た。
「アデル様、アデル様、ありがどうございばす……! わだじ、人からプレゼンドなんでもらっだごどなぐで……!」
私の涙に、ぐっ、と唸り声を上げたアデル様が視線を逸した。
「わだじ、一生大切にしばす……! 一生大切に着まず……! アデル様、わたじが死んだらこのドレス、一緒に棺に入れでくだざい……!」
「そ、そんな大切にしてもらうと却って申し訳ないなぁ……。今後もあまり高くない服や装飾品だったら好きに買っていい。とにかく、おカネのことに関しては心配するな。いやらしい話だけど、おカネだけはまぁまぁある家だからさ……」
おカネの話なんかじゃない。私はしゃくり上げながらそう思った。
私のために何かをくれる人がいる、私のためだけに用意されたものがある。
その事実が新鮮で、とてもありえない事に感じて、私は感激していたのだ。
今までは奪われるか、搾り取られるか、そのどちらかでなければ生きていけない人生だったのだ。
これだけは私が持っていていいもの、これだけは奪われる心配をしなくていいもの。
それが今、私の手の中にあるということだけで、私の涙腺は崩壊してしまった。
その後しばらく、私はえっぐえっぐと泣き続けた。
アデル様は困ったような表情で戸惑いながらも、私の涙が止まるまで、ずっと背中を撫でていてくれた。
優しい。アデル様は顔だけでなく、性格もいい。
◆
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