玉井冨治

第1話

21世紀最初の日、2001年1月1日午後1時半頃、その女の赤ん坊はこの世に生を受けた。

しかし完全に健康で、命の安全が保障された状態で、生まれてこられたわけではなかった。

生まれた赤ん坊の体は小さくその重さは2000に満たなかった。

顔面は蒼白で、呼吸も浅く、指をわずかに動かすことしかできなかった。

帝王切開術で取り上げた医師は直ぐに、新生児科医に赤ん坊を渡した。


「お母さん、赤ちゃんは少し小さく状態も良いとは言えません。ですが、我々は万全の準備をしてきました。今は大口を叩くことなどできませんが、我々を信じて下さい。」

「先生…、私は大丈夫です。彼女の、五子の生命力を信じるだけです。」


生まれてくる前から、大まかな状態は診断されていた。

詳しい状態や病名まではまだ判断することができなかったが、赤ん坊の成長具合や心臓の動きなどを診たところ、状態が良いとは言い難かった。

だから医師は最悪の場合を想定して、様々な準備を進めてきた。

当初の予定日より3週間早く、帝王切開術で赤ん坊を取り上げることにし、産科だけでなく新生児科のスタッフもスタンバイさせた。

赤ん坊の状態を早急に診るために、移動式(ポータブル)の検査機器とそれを扱うことのできる診療放射線技師も確保した。


帝王切開術が終わり、母親は大きな障害を負うことなく病室へ戻った。

術後、直ぐに動くことはあまり好ましくなかったので、その日は運動に制限をかけられていた。

本当は病室など寄らずに、今直ぐにでも我が子の状態を知りたかったが、それは叶わなかった。

午後4時になった頃にようやく、車椅子での移動を許された。

その日、有休を貰っていた旦那と共に新生児集中治療室(NICU)へ赴いた。

保育器(クペース)の中の我が子は小さく頼りなげに、管とコードに繋がれていたが想像よりもずっと可愛く、そして温かそうに見えた。


「松畠さん。五子ちゃんは、暫くここにいることになるでしょう、しかしこの子の生命力を信じて僕達と一緒に温かな目で成長を見守っていきましょう。」

「先生、そんなに悪そうな状態には見えないですが、」

「ええ、外から見たら小さいだけであまり他の赤ちゃんと変わりないように見えますね。これから詳しい説明をしますので、あちらへお願いします。」


生まれてきた赤ん坊は五子と名付けられた。

深い意味はない。

松畠家は長男から和人、源二、三喜、四郎と順番に名前が付けられているからである。

その循環を乱してはならない。

五子はこれから仮に退院出来て、家に帰ることができたら仲の良い優しい夫婦とその4人息子達に溺愛されるだろう。

存分に甘やかされて育つことだろう。

五子の兄弟達は今か今かと、小さな末の女の子を待っている。


話はそれたが、元に戻そう。

父親である鐙治郎、母である寛子は2人で医師からの詳しい説明を受けた。

新生児科医の話によると、五子は生まれつき心臓の状態が良くないらしい。

それは出産前から聞かされており、そのために小児循環器外科の強い大学病院に紹介状を書いてもらい、病院を移ったのだから。

五子は複数の心疾患を一緒に発症しているらしい。

代表的な病名は複合型大動脈縮窄症。

そこに併発して、大動脈弁狭窄症、三尖弁閉鎖不全症、動脈管開存症がある。

『現在の医療技術では治りません。』と言う、何かの医療ドラマでお馴染みの台詞の出てくるような状態ではない。

しかし、いくつかの先天性心疾患を併発した状態では分が悪い。

治療も、根底の複合型大動脈縮窄症を直すだけでなく、同時進行で他の併発した疾患も直す必要がある。

本当は心臓カテーテルでの治療が好ましいが、2001年現在の技術ではまだ侵襲の深い外科的治療しかできないとのことだった。

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