最強のヒーローと最凶の怪人に挑む少年のお話~怪人VSヒーローの戦いに乱入するバグ一般人~
羽消しゴム
序章
あれは数年以上前のことだ。
今でも覚えてる。
地獄のように燃え盛る炎、夏の日のアイスのように溶けていく建物。そして、焼かれながら怨嗟の悲鳴をあげる人たちの声。
親を探して泣く子供に、恋人が焼かれて絶望とともに炎に飛び込む青年もいた。
みんな、みんな死んだ。
当時幼かった俺は、姉さんに手を引っ張られながら、何もかも曖昧なまま走った。周りで倒れていく人たちを見て足が止まりそうになるのを、姉さんが必死に引っ張ってくれた。
息が続かなくなり走れなくなった時は、おぶってでも走ってくれた。
自分だけでも逃げれば良かったのに、俺だけでも逃がそうとして走ってくれた姉さん───は俺の代わりに死んだ。いいや、殺されたんだ。
今でも忘れない。
肉が裂けて潰れる音。身が焦がれて焼かれていく臭い。力が抜けていく感触。冷たくなっていく肌。聞こえなくなる心臓の音。
そして───笑い声。
背中で安心しきっていた俺を庇い、胸から炎の矢を生やして倒れた姉。
俺は初めて、人が焼かれながら死んでいく様を見た。当時の俺は気が動転して、もう助からないと分かっているはずなのに何度も姉の名前を呼び続けた。
そんな俺を見て、誰かが可笑しそうに笑ったんだ。
眼前に広がる地獄絵図を引き起こし、あまつさえ俺の姉を殺した怪人───『炎戒怪人』“ルグラン”が。
怪人というのは、俺が生まれる数十年以上前から観測された、人類に危害を与え滅ぼそうとしてくる存在だ。またの名を、神の代行者。
怪人達はまるで増えすぎた人間を減らしていくかのように、地球全土でその活動を広げ、お陰で現在の人口は全盛期の十分の一以下になっている。
そしてルグランは、その怪人の中でも最悪中の最悪。
人を自身の炎で焼き、苦しむ顔を観察して楽しむクソ野郎だ。俺の姉は、ルグランの炎によって惨たらしく殺された。
俺はただ、泣くことしか出来なかった。
「君!大丈夫か!?」
そんな中だ。
姉さんの遺体に縋りついて泣く俺と、嗤いながら今度は俺に照準を定めて燃やそうとするルグランの間を“赤色”のナニカが遮った。
思わず顔を見上げた俺はその姿を認識して、安堵のためか力が抜けた。
炎の中でも目立つ紅蓮のような“赤色”をその身に纏い、眼前の敵を見据える人影。
彼らは───ヒーロー。
怪人達に対抗するために特異な力を様々な方法で身に付け、人助けや怪人滅殺を主軸としているヤツらだ。
怪人と違ってれっきとした人だが、その力は怪人にも匹敵しうる。
俺はそんな、子どもからすればあまりにも大きな背中に憧れてしまった。
「安心してね、後は私たちが片付けるから♩」
「遅れてしまったようだな」
「ヒーローは遅れてくるものだろ?」
赤色に続いて桃色と緑、青色が俺を庇うようにしてルグランの前に立ち塞がった。
助かったと思った。幼い頃の自分から見れば余りにも大きな背中は、俺を安心させるのに充分だった。お陰で安心しきって気絶した俺だったが、この人たちが死んだ姉さんの仇を取ってくれると、当時の純粋だった俺は思っていたんだ。
それが間違いだったってことも知らずに。
───☆
ルグランがヒーローたちによって捕らえられてから数年経ったある日。
「はぁ!?な、なんでそうなるんだよ!!!」
中学生に上がった俺は、祖父母の家で見ていたテレビに向かって、思わず叫んだ。
だって、報道されていた内容があまりにも信じられないものだったから。
「……ヒーローとルグランが共同戦線?終われば仮釈放?馬鹿にしてるのかよ!!」
俺は少なくとも、幼い頃に助けてもらったヒーローには感謝している。確かに大勢の人は死んだし、あともう少し到着が早ければもしかしたら姉は助かっていたかも知れない、なんてタラレバを上げればキリがない。
だがこうして俺は生きている。
俺の命を助けてくれたヒーローは、誰よりもかっこいい憧れだった。俺もいつか、誰かを救い守れるヒーローになりたいと思っていた。怪人から人々を守り、自分の犠牲を厭わない正義の心が眩しいほどだった。
それにルグランも無力化され、二度と外に出ることはないからこそ、ヒーローへの不満をぐっと押し込んでいたというのに。
これはあんまりじゃないか。
ヒーローだろ?正義なんだろ?ならなんで怪人と協力してるんだよ。
今回戦う怪人が強いから共同戦線を張るしかない?世界の命運が掛かってる?知らねぇよそんなこと。
敵を倒せましたおめでとう、じゃあ終わったから仮釈放!なんて、そんなの許せるわけないだろ。
複雑に変化する心情を他所に、尚もテレビは放送を続ける。
そこには、穢れのない満面の笑みで民衆に手を振るヒーローと、付き従うルグランが……嗤っていた。
その笑みに、脳の片隅にトラウマとなって住み着いていた顔が鮮明にフラッシュバックする。
吐き気を催し、過呼吸を引き起こしかけたところで画像が切り替わった。
どうやらインタビューを受けているらしい。
流れている映像ではカメラを持ったアナウンサーらしき女性が、俺を助けてくれた赤色のヒーローに話し掛けていた。
「レッドさん!今回の戦いは怪人と共闘するとの事ですが、彼は信用に足りえるのでしょうか?」
皆が気になっていた事をアナウンサーは聞いてくれた。しかし、レッドは顔を歪めずにこう告げる。
「彼は信用に足りえる怪人です。我々は彼と協力し、無事に世界に平和を導くことを誓います!そう、全ては───“正義”のために」
「はっ?」
聞き間違いかと思った。
いや、聞き間違いであってくれと願った。
聞いた情報が脳に入って認識するのを拒み、ジャミングされているかのように声色がぼやける。
ただそれでも、レッド達ヒーローが怪人と手を組んで戦うことは確かに分かった。
「そ、そうだ。SNSの反応は……っ、くそ!」
震える手でスマホを操作し、SNSを覗く。
誰かが俺と同じ思いを呟いていないか、もしくはそんなの反対だ!なんて書いている奴が居ないか。そんな願望を込めて開いてみたが、結果は殆どが賛成派。
否定派や中立派は、賛成派によって袋叩きにされていた。
曰く、明日世界が滅んでも良いのか?とか、応援してやろうぜ、とか。
は?なんだそれ。
俺は思わず悪態をつく。
絶望しか無かった。
分かってる、俺が少数派なのは。
みんな過去の経歴より、明日の未来を欲しがる。次の朝日を拝むために、過去に起きた惨劇を水に流す。それがきっと当たり前だ。
「じゃあ───正義ってなんだよ」
勝つためなら過去の悪行を忘れてもいいのか、そんな奴がヒーローを名乗って正義を掲げていいのか。
俺には分からなかった。
本当の正義ってなんだ?
ヒーローって……なんだ?
悪を正すのがヒーローじゃないのか……いや、悪というのは敵側から見た判断だ。悪側からすれば、自らが行っている行為は悪ではなく自身にとっての正義に過ぎないだろう。
つまり、この世はありとあらゆる正義に満ち溢れている。
だから俺は否定しよう。
怪人も、怪人を祭り上げる奴らも、そんな奴らのために戦い正義を掲げるヒーローも───何も出来ない自分すらも。
これが、俺が“アンチヒーロー”になるためのキッカケだった。
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