第111話 旅行の朝は騒がしい



よもやのお礼を受け取ることになってからの二週間。


俺は、バイトやサークルなどに精を出す日々を送りつつ、そのXデーを楽しみに待っていた。


帰省を除けば、夏では一番のイベントだ。

旅行、それも別荘旅行。

その文字はカレンダーアプリで見るだけでも、ついつい心が躍り、浮き足立つ。


柄じゃないことは分かっていた。インスタで準備段階からストーリーに上げまくる同級生女子たちとは違う。


しかしそれでも、やっぱり楽しみではあって、数日前からパッキングの準備をしたりと万全の準備をしていた。


全員が楽しめるように、そして加えるならば、ひかりと過ごす初めての夏にいい思い出を作れるように。

そんなふうに色々な希望を抱きながら、迎えた当日。


おちおち二度寝もしていられなかった俺は約束通り、ひかりの家まで彼女を迎えにいく。


バイト帰りに遅くなったら送るのは、定番になってきていたから、ここにくるのももう慣れたものだった。


あとは彼女の用意を待ったら出発して、少し時間に余裕があるから二人で東京駅で土産ものでも見てもいいかもしれない。

買わなくても、いろいろなものが集まってくるから、結構に楽しめる。


まぁでも、ひかりのことだから、荷物になるような大きいお菓子とか買ったりしそうだなぁ。

と、そんなふうに考えていたのだけれど、


「あー、スカート、スカート! あとトップス! 日焼け止めもだ! 啓人くん、どこにあるか知ってる!?」

「……知らないに決まってるだろ」

「そ、そうだよね。知ってたら怖かったよ」

「とりあえず落ち着こうか? 俺が荷物詰めるから、ひかりは詰めるもの探してきてくれ」

「助かる〜!! できる彼氏すぎだ!」


どういうわけか朝から大騒ぎする羽目になっていた。


そのわけはといえば、ひかりがまったくパッキングをしていなかったからだ。


なんでも、昨日の夜は「やるぞー、そろそろやるぞー」などと考えているうちに、うっかり寝落ちしてしまったらしい。

それで今日はといえば、俺の鳴らしたチャイムで飛び起きたとのことだ。


さすが、といえば、さすがである。


「えっと、化粧水とクリームセットはいるでしょ。あと、カメラは新しいやつをもう入れた。えっと、この作りかけのパズルはーーー」

「いらないだろ、どう考えても」

「そ、そうだよね。しかもこれ、ひとピース欠けてるんだよ。夏の景色なんだけど、太陽の部分がどっか行ったの」


うーん、実にひかりらしいけれども。


「あれ、でもじゃああとなんだっけ、なにがいるんだっけ!?」

「とりあえず着替えが最低二日分はいるんじゃないか」

「あー、それだ! 着ていきたいのがあったんだよね!」


超基本的なものな気がするのだけれど、言っててもしょうがない。


部屋に唯一の収納棚の中から、ひかりは次々にものを引っ張り出して、あたりに散らかす。


「うーん、これでもないし……」

「そこに入れたのか?」

「うん、それは間違いない! だって、私とりあえず買ったものは全部ここに入れるもん! あ、もちろんごはんは冷蔵庫に入れてるよ!」


……いたよなぁ、そういうやつ。

ひかりはたぶん、とりあえず貰ったプリントも教科書も全部ロッカーに詰め込むタイプ。もしくは毎日全部カバンに入れて持ち運ぶタイプ。

帰宅部のくせに、無駄に筋肉もりもりだったっけ。


このままでは、あとからの片付けが大変になるのは目に見えていた。


とりあえず仕分けだけでもしておこう。どうせ他にできることもないし。

そう考えた俺は、ひかりが収納から取り出す書類や小物、家電類など分別していく。


まるで四次元ポケット状態だった。

某高級アイスの蓋、美容室の会員券(同じものが二枚出てきた)、コンビニの一個買ったらもう一個もらえるサービス券(期限切れ)、賃貸契約書など、普通同じ場所にはないだろというものが、次々に出てくる。


「どうなってるんだよ、そのクローゼット……。収納力半端ないな」

「今、褒めてくれた? えへへ」


いや、まったく褒めていない。

強いていうなら、クローゼットを褒めただけだが、それはあえて口にしないこととして、俺は整理に性を出す。


やるならば徹底的に。

それが俺の性格だ。どんな訳のわからないものでも、とりあえずは一定の基準で固めていく。


そしてガラクタコーナーが溢れかえってきたところで、


「お、あったー!!」


ようやっと目当ての服が見つけられたらしく、服が上下ワンセット出てくる。


ただ恐ろしいのは、これでワンセットということだ。



その後も、ひかりによる捜索は続く。

幸い、待ち合わせ時間には余裕を見ていた。東京駅ウィンドウショッピングさえ諦めれば、まだ間に合う。


そう思って俺は辛抱強く作業をしながら待っていたのだが、


「んー、ないなぁ」


いつの間にか目の前に広がる光景は、健全なものではなくなっていた。


ひかりは、四つん這いになり、クローゼットに頭を突っ込みながら、うんうんと唸る。しかも、たまにふりふりと左右に振られる。


そしてそれは、かなりの刺激でもって目に飛び込んできた。


夏仕様のショートパンツの寝巻きだったのがまた、その攻撃力を上げていた。

ややもすれば、その奥にある布生地まだ見えてしまいそうで、目のやり場に困る。


俺はそれとなく目を逸らして、見なかったことにしようと決める。

が、しかし。


「ん」


そんな努力を嘲笑うかのごとく、それは突然、頭の上に降ってきた。


ぽふんと乗ったそれを掴んでみれば、両脇にリボンのついた水色の布。小さな穴が二つと大きな穴が一つで、デザイン性もあってーーーー要するに、下着、それもパンのティーだ。


思わず声を上げてしまいそうになるが、俺はそれをどうにか堪える。

そして下着はとりあえず、キャリーケースの中にねじ込んだ。少なくとも、まだ中には入っていなかったからだ。


そう言えばブラのジャーもまだ……なんてついつい思っていたら、今度はさっきのものとセットらしい水色のレース付きのそれが出てくるので、俺はそれらを素早くキャリーケースに詰めていく。


そして、それは不幸なことに何度も繰り返されるから、俺はそれをもはや職人芸で、次々にパッキングしていった。


そうして、ひかりが本命の服を探し出してくる頃には、靴下やハンカチといった小物、水着まで含めて完璧な旅行セットが完成していた。


「ありがと〜、本当助かった〜! さすが私の彼氏だっ!」


ひかりは、ほとんど空になったクローゼットをバックに、にかっと笑う。

晴れやかで、なんの疑いも持っていない、そんな顔だ。


少なくとも、下着の類まで俺の手によって詰められているとは、まったくもって気づいていない。


それならそれでいい。

向こうに着いた時には、俺がパッキングしたことなんて忘れて、普通にこれらを使ってくれればいい。


きっとそれがお互いにとって一番幸せな形だ、たぶん。

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