第46話 カップル割引を使うために?
♢
手を繋がれたまま、ある意味では命辛々。
どうにか、青葉が目当てにしていた服屋さんにたどりつく。
そこへきて、手は離してくれたのだが……新たなピンチが待ち受けていた。
その店はモノトーンを基調とした女性服の専門店で――なんとなく、居心地が悪かったのだ。
明らかに馴染んでいない気がする。
俺一人だけ、長時間煮込んだ鍋の表面に漂う油のごとく、浮いている。
そして、そんなふうにきょろきょろとしていたら、同じ店の中に下着屋コーナーがあるのが目に入って、俺は慌ててそこに背を向ける。
「どうしたの、啓人くん」
青葉が不思議そうにこちらを見るが無理もない。
たぶん周りからみれば、逆に不審な動きだったと思う。
「い、いや、別になんでもない」
正直に言えるわけもなかった。
それより、と俺は話を切り替える。
「その服、気になってるのか?」
「うん、春の新作かな。この黒いキャミソールワンピース、結構可愛くない?」
青葉は、服のかかったハンガーを肩口まで持ち上げると、自分の身体に当てるように、してみせる。
自分でも似合っていると思っているのだろう、少し自信ありげに唇が上向いていた。
そんなところも含めて、抜群に可愛いいから困る。
俺はただ、首を縦に振るしかなかった。
「似合ってると思うよ」
って、まぁ青葉に似合わない服なんてほとんどない気もするが。
スタイルも、顔も、雰囲気も、彼女はどんな服でも、いかようにだって着こなせそうだ。逆に、子どもっぽい柄物の服でもたぶん似合ってしまう。
悩む必要なんてなさそうだと俺は思っていたのだが、青葉は服のハンガーを元へと戻して、うーんと唸る。
「ちょっと高いんだよね……」
いくら青葉でも、バイトをしていない仕送り生活の大学生である以上、ここだけはどうにもならないらしい。
値札をみてみれば、諭吉さん一枚分。
男性ものの服を考えれば、かなりの割高感だ。
俺ならまず手が出ない。
それでも青葉は、かなりぐらついているらしく、うんうんと悩んでいた。
「買えるのかよ、これ」
「い、一応ね。お買い物するだろうって下ろしてきたから、お金はあるんだ。こういうのって一回逃したらもう手に入らないっていうし……」
あ、この考え方、散財するタイプだ。
俺が内心そう思っていたら、ごくり、彼女が唾を飲む音が聞こえる。
「今キャンペーンをやってるので、最大半額ですよ~」
そこへ女性店員がこんな声をかけてきた。
俺なら、その時点で拒否反応が出てしまうところだが、彼女は違う。
「えっ、本当ですか!」
思いっきり食いついて、目を輝かせていた。
「どんなキャンペーンなんです?」
「カップル割と、ご試着割をしてるんです。カップルでご来店されて、そのうえで試着までしていただけたら半額ですよ。カップル様ですよね?」
なんだよ、その割引! お一人様を敵に回すようなことしない方がいいんじゃね?
そんなふうに、彼女に振られた身としてはツッコミたいところであったが、それをぐっとこらえる。
俺は貧乏学生だ。
お金が絡み、しかも半額となれば、嘘なんていくらでもつける。
青葉がちょっと顔を赤くしていたから、「えっと」と言葉に詰まるから
「はい、付き合ってます。じゃあ試着さえしたら大丈夫ってことですか?」
俺は会話に割って入り、躊躇なくこう言い切る。
さっきまでは恥ずかしかった恋人のふりだが、得られるものがあるなら、これくらいは簡単なことだ。
「あ、はい! そういうことになりますね。彼女さん、どうされますか?」
「お、お、お願いします……!」
たぶん青葉も、同じような考えだったのだろう。
一応、この茶番に乗ってくれて、服を片手に試着室へと向かう。
そこからしばらく待っていると、青葉が出てきた。
「ど、どうかな……啓人くん」
今着ている鮮やかなワンピースとはまた違った印象だった。
コントラストがはっきりしていてメリハリのついたその服は、シックで大人っぽくも見えて、それでいて、可愛らしさもある。
「うん、思ってたとおり似合うよ」
店員さんが横手で俺たちのやりとりを見ていた。
だから俺は普通のカップルっぽいやり取りをイメージして答える。
「はい、彼氏さんの言う通り、よくお似合いですよ」
店員さんの一押しもそこに加わった。
すると青葉は顔を真っ赤にして、
「じゃ、じゃあ、これにする……!」
そそくさと試着室のなかへと戻っていった。
元の服に着替え直して出てくると、そのままお会計へと移る。
しっかり半額の割引が聞いていて、諭吉さんではなく、樋口さんで会計が済んでいた。
「今回はありがとうございました! これからも仲良くお過ごしください!」
店員に見送られて店を出る。
俺はほっと一息つこうとしたのだが、青葉は紙袋を持つ反対の手で、再びを俺の手を掴んできた。
「これ、まだやるのかよ」
「て、店員さん見てるかもじゃん? それに元カノさんにも会うかも」
「今日の俺たち、警戒する相手が多すぎるなぁ……」
だがまぁ、お金がかかっているとこれば、自然にだって振る舞えた。
俺はさっきより、よほどスムーズに歩く。
「むぅ、なんか余裕そう」
それに対して青葉はなぜか、口をとがらせた。
なにをするかと思えば、ぐっと腕を引きこんで、左腕に絡みついてくる。
……少し固い生地の奥、柔らかいものが、はっきりと認識できた。
これがなにかは、言うまでもない。
「こ、ここまでする意味ないんじゃないの」
「よ、よりカップルっぽいよ、このほうが。今のは、そもそも啓人くんがカップルだって言いだしたんだよ」
「それは事情がだなぁ」
俺の意見はまたしても聞き入れられない。
彼女は顔を真っ赤にしながらも、さらに身体を寄せてくる。
そのせい、互いにぎこちなく、フロアを歩く羽目になった。
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